治療・予防

自覚症状がない緑内障
~視野異常、危険な車の運転~

 緑内障は、見える範囲(視野)が徐々に欠けていく病気だ。すべての患者が失明するわけではないが、進行すると失明に至るケースもある。日本緑内障学会特任理事で、たじみ岩瀬眼科の岩瀬愛子院長は「問題は、緑内障の初期と中期には自覚症状がないことが多い点だ」と指摘する。ほっておけば、失明という状況に陥らないまでも、視野の異常から車の運転を誤り、事故を招く恐れもある。

緑内障が進行する様子

緑内障が進行する様子

 「大事なことはピントを合わせることで、裸眼の視力を最重要視するわけではない」。矯正のために眼鏡をかけたり、コンタクトレンズを装着したりする。さらに、角膜を削ったり、角膜の中にレンズを挿入したりする方法もある。眼科医は、この「矯正視力」を重視する。矯正して、よく見ることができればよいわけだ。ただ、視力は大事だが、視野の状態も視覚にとって大切だ。

 ヴィアトリス製薬が2020年12月、全国の40歳以上の男女約1万人を対象に実施したインターネット調査によると、35.3%が視力と視野の違いを「知らなかった」と回答。一方、「視野の欠けを自覚することはまれである」と知っていたのは、32.9%にとどまった。

 ◇患者の9割、緑内障と気付かず

 自分はどのくらいの範囲で見えているのか。年を取ると視野は狭くなるが、視力はそれほど悪くならないことも多い。眼底と視神経の関係では、ちょうどよく見えるように「房水」の量で調整している。眼圧が高過ぎると、視神経に障害が起き、見えにくくなる。例えば、目の下の方にある視神経に異常を来すと、上下左右および中心の視野のうち、上の視野がおかしくなるなど、さまざまなパターンがある。緑内障の特徴は元に戻らずに進行する病気だが、視力は後期まで保たれていることも多い。

岩瀬愛子院長

岩瀬愛子院長

 2000~01年、岐阜県多治見市で40歳以上の市民3870人を対象にした大規模な調査が行われた。緑内障があったのは全体の5.0%で、有病率は40歳代2.2%だが、70歳代で10.5%、80歳以上で11.4%だった。発見された緑内障患者のうち89.5%が、自分が緑内障であることを気付かずにいた。多治見市での有病率を2000年の日本人口に当てはめてみると、全国で約346万人の患者がいる計算だ。岩瀬院長は、高齢者人口の増加によって20年の患者数を約487万人と推定した上で、「近視というリスク要素や生活習慣の変化などを考えると、患者はもっと多いのではないか」と指摘する。

 ◇視覚障害の原因第1位

 身体障害者手帳の視覚障害の原因は、1991年には糖尿病網膜症が1位、2位が緑内障だった。2000年代には緑内障が1位になり、2018年は①緑内障②網膜色素変性③糖尿病網膜症―の順となっている。視覚障害は生活の質(QOL)に大きく影響する。岩瀬院長は緑内障治療の目的を「『普通に見えること』、『普通に生活すること』を維持することだ」と説明。「早期発見と治療の継続が大事だ」と強調する。

 緑内障の患者に対しては、眼圧や視野、眼底の検査を繰り返し行う。医師は検査のたびに、進行のサインがないかどうかを判断する。治療は毎日の点眼に加え、レーザーによる治療や手術療法などもある。しかし、「特効薬など、画期的な治療法はない」と、岩瀬院長は付け加える。

左側の視野が異常な状態で運転(イメージ)

左側の視野が異常な状態で運転(イメージ)

 ◇欠けた視野をカバー

 注意したいのが車の運転だ。車は、通勤や通学、通院、買い物など個人の社会生活維持に必須の手段だという面がある。

 緑内障は、目がかすんだり、中心はよく見えるが周辺が見えなかったりする視野異常を伴う。ただ、視野が欠けても、脳には補填(ほてん)してしまう機能がある。また、白内障などと異なり、視力は良いことから、眼球を動かし、欠けた視野をカバーすることで運転はできる。

 ◇運転の新基準作りを

 岩瀬院長によると、「周辺が見えないだけだ」と主張した患者がいた。しかし、運転中に高速道路の出口を見逃したり、左側から出て来る車を見落としたりすることがあった。「自分の視野に異常があることを知らないのが一番怖い」と、岩瀬院長は話す。

 安全運転のためには、視力だけでなく、視野異常に関心を持ってほしい。眼科を受診して異常を早期に発見し、適切な治療を受けることが望ましい。

 多面的にモニターすることが可能なドライビングシミュレーターを開発して、医学的な根拠がある「運転制限」につなげる。同時に、視野異常をサポートするシステムの研究も重要だ。岩瀬院長は「移動手段としての運転は、個人の生きる権利に直結する。セーフティーネットとしての公共交通機関への認識も含め、新しい基準作りが必要ではないか」と、問題提起する。

 ◇手遅れにならないように

 コロナ禍で、たじみ岩瀬眼科の外来では、「投薬のみ」や「予約の変更」が増えたという。3カ月に1回受診していた患者は、20年1月から10月まで間隔が空き、異常がなかったもう片方の目にも緑内障の兆候が認められた。「飛蚊(ひぶん)症の症状が最近、増えた。こんな時機なので、処方箋をFAXで最寄りの薬局に送ってほしい」と言う患者もおり、診察すると、網膜剝離になっていた。岩瀬院長は「様子を見ても良い病気と、良くない病気がある」と、手遅れにならないように訴えている。(鈴木豊)

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