教えて!けいゆう先生

「せん妄」とは何なのか
入院時、身体拘束が必要な場合も

 以前、ある医療ドラマでこんなシーンがありました。

 ある日病院に、医師である主人公の祖母が足の骨折で救急搬送されてくる。普段は自立した元気な人だったのに、入院後は主人公のことが誰だか分からなくなってしまう。病室で暴れ、治療を拒否したり、医療スタッフに暴言を吐いたりするため、主人公は医師として、自らの祖母に身体の拘束を指示する、という苦渋の決断をする-。

 このシーンを見た方は「ドラマの世界だから大げさに描いているのだろう」と思ったはずです。しかし医療従事者はこの場面を、特に誇張でもない、医療現場で日常的によく起こる現実的な光景だ、と考えます。入院したり手術を受けたりしたことで、こういう状態に陥ってしまう患者さんは少なくないからです。

病院では日常的に経験。慌てずにサポートを

病院では日常的に経験。慌てずにサポートを

 ◇意識障害の一種

 上述のワンシーンのような、意識の障害を「せん妄」と呼びます。病院では入院や手術などを契機に起こることが多く、自分がいる場所がどこだか分からなくなったり、家族が誰だか分からなくなったり、つじつまの合わないことを話したり、といった障害が現れます。幻覚が見えたり、周囲の人に対して攻撃的になったりすることもあります。

 生活環境の変化や手術、検査などによる心理的、身体的なストレスの影響で起こることが多く、臨床現場でよく経験する病態です。症状が時間とともに変動するのが特徴で、夜間にこうした症状が強く現れ、病棟看護師がそのケアに疲弊してしまう、といったこともよくあります。

 認知症と似ていますが、せん妄は意識障害の一種であり、発症時期が特定できること、数時間から数週間といった単位で起こったのち回復する、という特徴があります。もとの病気を治療しつつ、せん妄に対して興奮や不安を抑える薬を時に使いながら、徐々に改善していくのを待つ必要があります。

 ◇社会的に認知度が低い

 医療者にとっては日常的に経験するほど頻度の高いせん妄ですが、社会的にはあまり認知されていません。お見舞いにやってきたご家族や知人が、変わり果てた患者さんを見て大きなショックを受けてしまうこともあります。「入院中なのにきちんと治療されていないのではないか」と医療スタッフに不信感を抱く人もいますし、「こんなことになるなら手術を受けなければよかった」と叱られることもあります。

 せん妄の患者さんは、突然暴れて点滴の管を抜いたり、ベッドから転落したりと、ご本人にとって危険なことが多いため、やむを得ず身体拘束を行うこともあります。専用のベルトを使ってベッドに体を固定したり、鍵がないと外せない大きな手袋を両手につけたりすることもあります。また、医療スタッフだけではケアが難しいことも多いため、ご家族に付き添いを依頼することもよくあります。ご本人の安全確保が目的です。

 ◇過度な心配は不要

 こうした行動の抑制を行う場合には、事前にご本人とご家族にその必要性を説明し、同意書にサインをいただくことが一般的です。しかしせん妄の実態は十分に知られておらず、医療スタッフからの事前の説明を聞き流してしまう人もよくいます。何より、入院の主目的となっている治療や検査の説明の方を重点的に聞きたい、という思いもあるからでしょう。そして心の準備ができていないご家族の方は、せん妄状態になった患者さんを見て驚愕(きょうがく)してしまうのです。

 誰しも手術を受けたり入院したりした際には、一時的にせん妄という状態に陥るリスクがある、ということは、事前に知っておくとよいと思います。

 むろん、適切な治療で自然に軽快することが多いため、過度に心配する必要はありません。ご家族の方も、ここに書いた知識を頭に入れておき、慌てることなく患者さんのサポートをしていただけたらと思います。


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