FEATURE レポート紹介

医療現場の課題を見つけ、医療機器を開発する
=慶応HealthX=

「医療の課題を発見し、技術で解決する」。2018年に慶応大学医学部の学生が中心となって、医療機器の開発を行う学生団体「慶応HealthX」が発足した。医療系の学生が自分たちで臨床現場のニーズを探し出し、チームで医療機器開発のプロトタイプを製作する。学生と大学、企業が協力して、医療機器開発に臨む日本では新しい取り組みだ。代表の大木將平さん、チームリーダーの飯森崇さん、広報担当の杉野美緒さんに話を伺った。

◇米国視察がきっかけ

――Health X設立の経緯を聞かせてください。

大木さん17年2月に慶応大学が主催する「健康医療ベンチャー大賞」というコンテストにエントリーして、賞を頂きました。受賞したことで、そのコンテストの発起人である慶応大学医学部眼科の坪田一男教授が18年8月に米国のワシントン大学へ視察に行く際、同行させていただきました。

そこには、医学部と他の学部とビジネススクールが連携し、臨床のニーズを見つけてきては、チームを組み、医療機器や医療ITのプロトタイプを作り、会社を結成し、資金調達まで行うという、医療とビジネスの見事な連携が実際に行われていました。これを日本でやってみたいと思ったのがきっかけです。坪田先生に背中を押していただき、構想から1年、多くの方々の協力で実現できました。

設立以来、イベントには7大学10学部で100人以上の学生さんに参加していただき、臨床ニーズは80以上集まりました。メンターや顧問としてご協力いただいている方は40人以上、協賛企業は5社と、多くの方々に関心を持っていただいています。

代表の大木さん

――医学生だけで技術開発を行っているのですか。

大木さん医学生だけではなく、理工学部、環境情報学部、薬学部の学生、大学院生、医師など、多くの人と取り組んでいます。私たちの団体では、臨床現場で患者さんのニーズを見つけ、それを解決するためのデバイス(電子機器)を考えて開発しています。年に1回、テーマごとにチームを組んで、チームの開発に加わったり、それを支援したりします。

医療機器だけでなく、画像認識を用いて、偽薬の鑑別ができる技術を開発しているチームもあります。このチームは画像認識に強い理工学部の学生と薬学部の学生が中心に取り組んでいます。プロトタイプまでなので製品化までいかないかもしれませんが、特許だけでも取れればよいと思っています。

◇アウトプットできる場

――飯森さんの入会したきっかけは何ですか。

飯森さん代表の大木さんから声をかけられたのですが、自分自身、医学部に入ってから知識のインプットが過多になっている実感があり、何かアウトプットできる場があるといいなとずっと感じていました。そんな中で、このHealthXは自分でニーズを探して課題設定し、自分の知識を生かしてメンバー、メンターの方の協力の下、ゼロから新たなデバイスを作り出すという、これまでにはなかった機会でしたので、やってみたいと思いました。 私の今年度のテーマとして、ヒルシュスプルング病の患者さんのための医療器具の開発をしています。

第1回HealthX総会でプレゼンする飯森さん

――テーマはどのようにして決めたのですか。

飯森さん以前、小児科の勉強をしている際、教科書の中でこの病気に出会って、独特な名前の響きと、神経節が変性して腸が動かず、詰まってしまうという、他の疾患にはない特殊な病態が強く印象に残っていました。5年の夏に代表の大木さんから声をかけられ、HealthXの活動の趣旨に賛同し、参加することになりました。

テーマを探している時に小児科で勉強会があり、そこで実際にヒルシュスプルング病の患者さんに出会い、ヒルシュスプルング病の閉じた腸にステントの技術を用いることはできるのではないかと思いつきました。当時、ポリクリ(臨床実習)の学生担当で、現在HealthXのメンターである藤村先生がこの疾患の研究をされていたため、相談したことで一層、関心が高まりました。

――具体的には何を開発されているのでしょうか。

飯森さんヒルシュスプルング病は、出生から1年くらいは手術ができないので、毎日、手で便を排出する必要があります。現状の洗腸器具は、普通のチューブとピストンを使うため、手技的にも簡単ではなく、衛生的にも改善すべきだと考えました。当初はステント(※用語解説)技術による疾患の治療補助を考えていましたが、現在は簡単に使える洗腸器具の開発を目指しています。

理論的にこうあってほしい、というイメージを実際の形に落とし込む段階で、解決したいニーズとは別の問題が見つかり、それに対処するのが難しいと感じています。例えば、洗腸器具一つとっても、実際の患者さんは一人一人神経が変性している領域が異なり、腸の形自体も違うため、頭の中でイメージしていた患者モデルと現実のギャップを埋めるのが大変でした。

◇理学・薬学部の学生も

――年間を通して、どのような活動をしていますか。

大木さん1年間の活動としては、4月末にリーダーとニーズを決めて、夏休み中に、学内や学外の大学に告知して、メンバーを集めます。9月初めにテーマとメンバーを決定して、開発を開始します。9月中旬の総会では、関係者やメンターを招いて決起大会を行います。今年度は3チーム、選出されました。医学部の学生の参加が多いのですが、理工学部、薬学部、SFC(湘南藤沢キャンパス)など、他の学部の学生も参加しています。

通常、運営スタッフが毎週土曜日の朝にミーティングを行っています。デザインレビューという会では、開発チームにフィードバックをしています。学生同士でフィードバックし合ったり、学内の教授や学外のメンターの方々にお願いしてフィードバックしていただいたりしています。来年の1月にデモデーというプロダクト発表会があるので、その準備もしています。

これとは別に勉強会を開催しています。内容は、運営チームが興味を持っていることや、基本的には「バイオデザイン」(スタンフォード大学発の医療機器開発プロセスの教科書)をベースに、月に2回、外部の大学からも参加できるように半オープンな形で開催しています。

――活動自体、高度な内容に思えますが、低学年からでも参加できるのですか。

杉野さん臨床ニーズを探すことから始めるので、本来、ポリクリに出ている5年生以上の学生が中心になるべきだと思っていますが、4年生以下の学生でも臨床の先生にヒアリングしながら、ニーズ探しをしてイメージを膨らませています。私の場合も、4年生の時に立ち上げメンバーとして大木さんに声をかけられました。

それまで医療機器の開発に携わるなんて、考えたことがなかったので、全くイメージが湧きませんでした。けれども、アイデアを出すだけではなく、学生だけで最初から最後までものづくりができるというところに引かれ、入会しました。今は広報など、運営スタッフとして参加しています。高学年になったら開発チームのメンバーとして関わってみたいと思っています。

杉野さん

◇スタンダードを書き換える

――今後の目標とビジョンを教えてください。

大木さん日本で使われている医療機器は、高い技術力を誇る日本製品もありますが、ステントなどの医療機器は、ほとんどが海外製品です。将来、この活動に参加した学生が卒業して臨床現場に出たときに、自分で課題やニーズを見つけて、医療機器の開発を提案できるよう、環境や人材が育てばよいと思っています。

当面の目標は、とりあえず形にすることです。プロトタイプを完成させ、できれば知的財産権を押さえる準備として、特許の出願だけでもできると嬉しいです。医学生が考案した日本発の医療機器はほとんどないので、注目されるとよいと思っています。

――活動に参加してよかったことを教えてください。

飯森さん活動を始めて、協力や応援してくれる方が非常に多いことに驚きました。医療関係者だけでなく、他分野でも医学部でのイノベーション活動に期待されています。大きなムーブメントが起きるのではないかと肌感覚で体験できました。今後、他学部との連携で、この波がさらに大きくなっていくのではないかと思っています。

大木さん臨床のニーズを探そうと意識すると、課題がいっぱい見えてきます。授業で医学を勉強しているだけだと、スタンダードな治療法を確実にやっていればいいのかもしれません。HealthXで発明したことがスタンダードを書き換える。その視点を持ちながら、医療に対して貢献できれば素晴らしいと思います。医療機器や技術の予備知識がなくても、活動に興味がある人であれば、ぜひ参加してほしいです。

インタビューに応えてくれた3人

記事の内容、肩書などは取材当時のものです。

【用語説明】

ステント:血管、気管、食道、十二指腸、大腸、胆道、尿管など、体内にある管状の部分を内側から広げるために使う筒状の医療器具