山下啓子 医師 (やましたひろこ)

北海道大学病院

北海道札幌市北区北十四条西5丁目

  • 乳腺外科
  • 科長、教授

乳腺・内分泌外科 外科 がん

専門

乳がんの診療、特に乳がんのホルモン療法

山下啓子

北海道大学病院乳腺外科は「乳がん」を診療の中心として、2012年4月に新設。「乳がんの診療において、診断から治療まで一貫して行っており、生活の質(QOL)と心のケアを第一に考慮した診療を心がけています。私たちは、乳がんの診療に携わるプロフェッショナルとして、世界標準治療を実践しつつ、ひとりひとりの患者さんに最適な診療を提供するために、日々、研鑽を積んでいます」と山下啓子医師は話す。また、同科では、乳がんの発症予防と、乳がん患者の完治を目指す方法の研究も行っている。

診療内容

乳腺外科: http://www2.huhp.hokudai.ac.jp/~breast-w/
同院の乳腺外科は「乳房の病気」、特に「乳がん」を診療の中心としている。
乳がんの診療においては、診断から治療まで一貫して行い、生活の質(QOL)と心のケアを第一に考慮した診療を心がけている。診療を担当する医師はすべて乳腺専門医であり、腫瘍センター、外来治療センター、放射線部、病理部などとチーム医療を行うことにより、手術療法・薬物療法・放射線療法全般にわたり、乳がん診療のガイドラインに沿った世界標準治療を実践している。

【乳がんの診断と治療について】
■1.「乳がんとは」
乳房には「乳腺」組織という乳汁をつくる組織がある。乳腺組織には、良性または悪性の腫瘍(しゅよう)が発生することがあり、乳腺から発生する良性腫瘍で最も多い疾患は「乳腺線維腺腫」だが「この病気が命に関わることはありません。乳腺に発生する悪性腫瘍のほとんどが「乳がん」です」と山下医師は言う。
乳がんは、日本人女性において1990年代後半から「がん」の罹患率の第一位となり、増加の一途をたどっている。この20年間で約2倍増加し、現在、1年間に約7万6千人の新たな乳がん患者が見つかっている。
乳がんの治療法は著しく進歩しており「手術はどんどん縮小され、また、ひとりひとりの患者さんの乳がんの性質に合った適切な薬物療法(くすりの治療)を行うことにより、7割以上の方が完治(完全に治る)します」(山下医師)

■2.「乳がんの診断」
乳がんの診断方法には、視触診、マンモグラフィー、乳房エコー(乳房超音波)、乳房MRI(エムアールアイ)、針生検(マンモトーム生検)などがある。そのうち、視触診、マンモグラフィー、乳房エコー(乳房超音波)は最も基本的な乳房の検査であり、同科外来を受診するほぼすべての患者に実施している。
1)視触診… 乳がんの自覚症状で最も多いのが「しこり」である。乳がんの場合、しこりは堅く触れるものばかりではなく、柔らかく触れる(ように感じる)場合もある。「しこり」としてはっきりわからなくても、乳房の一部(あるいは大部分)が硬いように感じることもある。また、乳房の皮膚がひきつれたり、赤くなったりすることもある。乳頭から分泌液が出るとか、乳頭のただれ、乳頭の変形などが乳がんの最初の症状の場合もある。「このように、乳がんの初期症状には様々な場合がありますので、乳房あるいは脇(腋窩)にこれまで気がつかなかった何らかの変化があれば、専門医を受診することをお薦めします」(山下医師)
2)マンモグラフィー… 乳房のレントゲン検査で、乳がん検診でも行う検査。乳房専用のレントゲン装置で撮影を行う。マンモグラフィーの撮影をする時は乳房を圧迫するため、撮影時、圧迫されて痛みがある場合がある。マンモグラフィーは早期の乳がんの発見に非常に有効なため、乳房に異常のある患者に対して必ず行う検査のひとつである。なお、同院では女性の技師がマンモグラフィー撮影を担当。
3)乳房エコー(乳房超音波)検査… 乳房にゼリー状の液を塗って行う検査で痛みはない。エコー検査を行うことにより、乳房に「しこり」が存在するかどうかが評価できる。また「しこり」が存在する場合、しこりがどのような形や性状をしているかを診断する。触らないようなとても小さなしこりを発見できることもある。特に乳腺の厚い比較的若い女性にも有用な検査である。同院超音波センターでは、乳房エコーの専門研修を受けたスタッフがエコー検査を担当している。
4)乳房MRI(エムアールアイ)… 乳がんと診断され手術を行う場合、乳房温存手術(乳房の一部のみ切除して大部分は残す手術)が可能か、あるいは乳房切除術(乳房全部を切除する手術)が必要かは、乳房のしこりの大きさだけでは決めることはできない。しこりは小さくても、乳管の中を進展して、がんがしこりの周囲に広がっている場合がある。乳房MRIは、乳がんの広がりを精密に評価して手術方法を決めるために必須の検査である。同院放射線部では、乳房検査専用の「3テスラMRI」という、非常に精密に乳がんの広がりを評価できるMRI装置を使って診断しており、手術の方針決定と、乳房温存手術を行う場合の切除範囲の決定に役立っている。
5)針生検(エコー下マンモトーム生検)… エコー検査で乳がんを疑うしこりなどがある場合、これが乳がんかどうかを調べるためにこの検査を実施する。乳がんと診断されている場合でも、治療方針決定のため(術前薬物療法が必要な患者など)に行うこともある。局所麻酔をしたあと、約4mm程度の小さな傷をつけて、そこから針を入れ、しこりなどから病理組織検査に必要な組織を取ってくる。傷跡はほとんど目立たない。
6)ステレオガイド下マンモトーム生検…乳がん検診のマンモグラフィーなどで乳がんを疑う微細な石灰化が見つかった場合、これが乳がんかどうかを調べるためにこの検査を実施する。局所麻酔をして約4mm程度の小さな傷をつけて、そこから針を入れ、コンピュータを使った特別な装置を使って石灰化を含む乳腺組織を採取し、病理検査を行う。

■3.「乳がんの治療」
乳がんの治療には、手術、薬物療法、放射線療法がある。手術および放射線療法は乳房そのものへの治療(局所療法)であり、薬物療法(くすりの治療)は全身への治療である。ひとりひとりの患者の乳がんの性質や進行度(例えば、わきのリンパ節に転移があるかどうか)などを考慮して、最も適した組み合わせで治療を行う。
1) 乳がんの手術療法… 手術は乳がんに対する最も基本的な治療のひとつである。乳がんの手術は「乳房の手術」と「腋のリンパ節(腋窩リンパ節)の手術」の組み合わせであり、それぞれの患者に最も適した手術方法を選択する。
a. 乳房温存手術と乳房切除術…乳房に対する手術方法には“がん”の存在する乳房の一部だけ切除する「乳房温存手術(乳房部分切除術)」と、乳房全部を切除する「乳房切除術」がある。「私たちは「乳房温存手術」を乳がんに対する第一選択の術式としています。同院における最近3年の平均では、6割の患者さんが乳房温存手術を、4割が乳房切除術を受けています」(山下医師)

「乳房切除術」は、(1)しこりが大きい場合や、(2)手術前の検査(MRIなど)でしこりは小さいにも関わらず、がんがしこりの周囲に広がっている場合(乳管内進展が広範囲の場合など)に適応となる。最近では、手術前にくすりを使ってしこりを小さくすること(術前薬物療法)により「乳房温存手術」を目指す方法を積極的に行っている。

b. センチネルリンパ節生検と腋窩リンパ節郭清術…乳がんの進行度の評価に最も重要な指標のひとつが「腋のリンパ節転移の有無」である。乳がんと診断された場合「腋のリンパ節に転移があるかどうか」が、再発を防ぐ薬物療法の方針決定の重要な指標になる。現在、2つの方法(センチネルリンパ節生検または腋窩リンパ節郭清術)で評価している。

センチネルリンパ節生検
CTやエコーなどの画像診断で、腋のリンパ節に転移がない(腋のリンパ節が腫れていない)と考えられる患者にのみに実施。腋のリンパ節に対する「センチネルリンパ節生検」とは、ラジオアイソトープ(RI)と特殊な色素を用いてがん細胞が最初に流れ着く腋のリンパ節を見つけ、次に、そのリンパ節に転移があるかどうかを手術中に病理診断(顕微鏡で観察してがん細胞がないかどうか診断)する検査である。転移なしと判断されれば、腋のリンパ節はそれ以上切除しない。もし転移が見つかれば、腋窩リンパ節郭清術を追加する。腋窩リンパ節郭清による合併症には、腕のむくみ(6~30%ぐらいの確率)、上腕内側の感覚の低下(しびれ)、手術後の腋のリンパ液貯留、腋窩の傷の痛みなどがあり、厄介な後遺症となることがある。「センチネルリンパ節生検」は、このような後遺症を極力避けることができるという点で大きなメリットがあると考えられている。「センチネルリンパ節生検」では、ラジオアイソトープ(RI)と色素を併用する方法が最も正確にセンチネルリンパ節を見つけることができると報告されている。同院では、このRIと色素の併用法で「センチネルリンパ節生検」を行っている。

腋窩リンパ節郭清術
腋のリンパ節をすべて切除(郭清)する方法。通常はレベル1と2のリンパ節を切除する。この術式が適応となる患者は、治療前の検査で腋のリンパ節転移(腋窩リンパ節転移)があると診断された場合や、上述したセンチネルリンパ節生検で転移陽性と診断された場合である。腋窩リンパ節郭清術による合併症には、腕のむくみ(6~30%ぐらいの確率)、上腕内側の感覚の低下(しびれ)、手術後の腋のリンパ液貯留、腋の傷の痛みなどがあるが、日常生活にとって重大な合併症となることはない。

c.乳房再建…乳房を残すことができずに乳房全部を切除する手術を受けた場合、乳房を再建することができる。また、乳房を残す手術を受けられた場合でも乳房の変形が気になる場合は、より良い形の乳房を作ることもできる。「乳房再建は同院形成外科が専門に行っています。乳房再建についてお知りになりたい方、乳房再建を希望される方は、形成外科に紹介しております。これから乳がんの手術を受ける方も、すでに手術を受けられた方も、どのタイミングにおいても形成外科で相談することができます」(山下医師)

2) 乳がんの薬物療法(くすりの治療)
乳がんの手術を行うほとんどの患者に、現在、再発を防ぐための薬物療法(くすりの治療)が必要であると考えられている。手術をしても術後何年か経つと、骨や肺、肝臓などに乳がんの転移が見つかってしまう場合がある(「再発」という)。これは、乳がんと診断され手術を受ける時に、すでに乳がんの細胞が血管の中に入って全身に広がっており(CTなどによる画像診断では見つからない目に見えない転移で「微小転移」という)、徐々に増殖してしまったことを示している。乳がんと診断された時に、すでに全身に広がっているかもしれない「微小転移」を、手術で取り除くことはできない。現在は、乳がんが「再発」した場合は生命にかかわるとされているが「微小転移」の段階で薬物療法を行うことにより「微小転移」を根絶させて乳がんを「完治」(完全に治す)させることが可能。そのため、手術前あるいは手術後、あるいは手術の前と後の両方に行う再発を防ぐための薬物療法は、乳がんの治療の中でも最も重要であるといえる。どのような薬物療法を行うかは、ひとりひとりの患者の乳がんのタイプ(性質)やがんの進行度によって異なる。どのような場合にどの薬物療法が適切かについては、エビデンスに基づいて確立された乳がん診療のガイドラインに沿った標準治療が推奨される。現在行われている乳がんの薬物療法には、内分泌療法(ホルモン療法)、化学療法(抗がん剤)、HER2(ハーツー)に対する分子標的療法(ハーセプチンR、タイケルブR)、血管新生阻害剤(アバスチンR)、骨転移に対する治療薬(ゾメタR、ランマークR)がある。乳がんのタイプ(性質)やがんの進行度によって、ひとりひとりの患者に最適な薬物療法は異なる。

a.内分泌療法(ホルモン療法)…女性ホルモン(エストロゲン)によって増殖する乳がんがある。日本人女性の乳がん患者の約8割を占めるホルモン・レセプター(受容体)陽性の乳がんが、これに該当する。ホルモン・レセプターには、エストロゲン・レセプターとプロゲステロン・レセプターがあり、手術や針生検で切除した乳がん組織を用いて判定する。一般にはどちらかが陽性の場合、ホルモン・レセプター陽性と判定。内分泌療法(ホルモン療法)は、ホルモン・レセプター陽性と判定された乳がんの患者に、手術後の再発を防ぐための薬物療法として、また、再発した場合において、数多くの臨床試験の結果により最も推奨されている治療である。ホルモン・レセプター陽性と判定された乳がんの患者が手術後に内分泌療法を行うことにより、乳がんの再発が半分以下に抑えられることが証明されている。内分泌療法の内容は、閉経前の患者と閉経後の患者で異なる。閉経前の患者には、卵巣からの女性ホルモンの分泌を抑制して月経を止める注射と、タモキシフェンという薬を内服するのが標準とされている。閉経後の患者に対しては、アロマターゼ阻害薬が第一選択とされている。

b.化学療法…アンスラサイクリン系薬剤(アドリアマイシン、エピルビシンなど)とタキサン系薬剤(パクリタキセル、ドセタキセル)が乳がん治療の主要薬剤である。これらの薬剤は、数多くの臨床試験により、乳がん手術後の再発を防ぐ効果があることが証明されている。どのような化学療法を施行するのが最適かは、ひとりひとりの患者の乳がんのタイプ(性質)とがんの進行度(再発リスク)を評価した後、どの化学療法でどのくらい再発リスクを減らせるか、さらにどのような副作用が予想されるか、を総合的に評価して決定される。

c.HER2(ハーツー)に対する分子標的療法(特に、ハーセプチンR療法について)…分子標的療法のひとつで、HER2陽性の乳がん細胞だけに効果を発揮する特殊な薬剤である。乳がんの約2割がHER2陽性のタイプの乳がんであり、このタイプの乳がん患者にのみハーセプチンRによる治療を行う。ハーセプチンRは、乳がん細胞だけを狙い撃ちするという点で化学療法剤とは大きく異なり、副作用が非常に少ないという特徴を有している。また、HER2陽性の乳がんに対して再発を防ぐ効果が非常に高いことも証明されている。

外来治療センターについて 同院では、化学療法やハーセプチンR療法などを安全に、かつ、少しでも快適に受けてもらうために「外来治療センター」を設置。「外来治療センターに所属するがん治療の専門看護師である「がん化学療法認定看護師」や、がん治療の専門薬剤師である「がん薬物療法認定薬剤師」などがチームとなって、適切な薬物療法を安全に、快適な環境で受けていただけるようにサポートしています」(山下医師)。
同センターについては以下のURLを参照。http://www.huhp.hokudai.ac.jp/patient/atcenter.html

3) 放射線療法
乳房温存手術を受けた患者は、術後、手術を受けた乳房に放射線照射を受けることが乳がん診療ガイドラインで推奨されており、同院で乳房温存手術を受けた患者は、原則全員、放射線照射を受けることになっている。乳房切除術を受けた患者の場合は、腋窩リンパ節転移が多い時に放射線照射の適応となる。海外の臨床試験の結果から、手術をした側の胸壁などに手術後放射線照射をすることにより、再発率を低下させることが報告されている。骨転移の患者に対しては、骨折の予防や痛みの軽減目的に放射線照射を行うことがある。

医師プロフィール

1986年3月 名古屋市立大学医学部 卒業
1996年10月 米国Uniformed Services University of the Health Sciences 留学(乳がんの研究に従事)
2005年2月 名古屋市立大学大学院医学研究科腫瘍・免疫外科学助教授、名古屋市立大学病院乳腺内分泌外科部長
2012年4月 北海道大学病院乳腺・内分泌外科科長、教授