富山県の神通川流域で発生したカドミウムを原因とするイタイイタイ病が日本初の公害病として認められてから、8日で50年。医師として多くの患者の診療を経験し、現在は県立イタイイタイ病資料館の名誉館長を務める鏡森定信さん(74)は、「語り部の声など、生きた資料を若い人たちに伝えたい」と、被害の伝承に向け決意を新たにする。
 鏡森さんは大学卒業後、イタイイタイ病の被害が最も激しかった富山県婦中町(現富山市)にあった萩野病院で研修し、入院患者100人以上の診療に当たった。患者の9割以上は腎臓障害や骨軟化症を発症。体が小さく、黒い皮膚と重度の貧血が特徴的だった。
 危篤状態になった患者の心臓マッサージをした際、極度にもろくなった肋骨(ろっこつ)が「ボキボキッ」と音をたてて折れてしまったことも。「しまった」と思ったが、命を助けることを優先して一日中、懸命に処置に当たった。
 2012年の同資料館オープンと同時に、館長に就任。資料や写真の展示と併せ、被害者の家族ら「語り部」が体験を語る活動を通じ、公害の恐ろしさを伝えてきた。「社会に耳を澄まして、どんな情報が必要かということを常に考えている」と、過去の資料だけではない「生きた資料館」を目指す。
 イタイイタイ病の認定患者は計200人で、うち5人が存命している。鏡森さんは「50年たった今も、アジアの国々では公害による腎臓障害の被害は起きている。産業を興して生活が豊かになると、開発の影響で公害は出てくる。とても克服したとは思えない」とかみしめるように話した。 (C)時事通信社