水俣病が国に公害と認定されてから26日で50年を迎える。これまで公害健康被害補償法(公健法)に基づき、熊本、鹿児島両県で2282人が患者と認定されたが、認定や補償をめぐる裁判は今も続く。未認定患者らは「国や原因企業のチッソは責任に向き合い、被害者の救済を進めてほしい」と訴えている。
 国は1968年9月26日、水俣病はチッソ水俣工場(熊本県水俣市)から排出されたメチル水銀が原因だとして公害認定した。原因不明の病気発生が保健所に報告されてから12年以上が経過しており、未認定患者らでつくる「水俣病不知火患者会」の元島市朗事務局長(63)は「被害が広がり続けたことが水俣病最大の悲劇だ」と話す。
 公害認定後も、感覚障害や運動失調など複数の症状を要件とする基準を満たさないとして、患者と認定されないケースが相次いだ。8月末現在で約1800人が認定申請中で、約1500人が救済を求めて各地裁で訴訟を続けており、解決への道筋は見えていない。
 5月には犠牲者慰霊式に参列したチッソの後藤舜吉社長が報道陣に「救済は終わった」と話す場面があった。未認定患者で手足の運動障害や味覚障害などを抱える水俣市の山本サト子さん(69)は「国やチッソが責任に向き合い被害の全容が解明されない限り、問題は解決しない」と話した。 (C)時事通信社