JCO臨界事故を契機に、緊急時の被ばく医療体制が構築された。東京電力福島第1原発事故の教訓も反映し、整備は進められている。
 JCO事故後、原子力安全委員会(当時)は「緊急被ばく医療の在り方」を策定。初動対応機関を原発の敷地近隣に、重傷者や汚染を伴う傷病者を受け入れる2次機関を県単位で指定し、高度な医療を行う3次機関として放射線医学総合研究所(放医研、千葉市)と広島大を指定した。
 しかし、原子力施設内で重度の被ばくを受けた作業員らの治療を想定した体制は、福島原発事故では機能しなかった。地震や津波との複合災害に加え、広範囲の住民が軽度の被ばくや汚染に見舞われ、対応できなかったためだ。
 このため福島事故後に発足した原子力規制委員会は、体制を全面的に見直した。原子力施設から30キロ圏内の24道府県に、汚染・被ばくの有無にかかわらず傷病者を受け入れる原子力災害拠点病院を配置する枠組みを策定した。
 配置に関しても、規制委は拠点病院を指定する道府県に対し、半径30キロ圏の緊急防護措置区域(UPZ)は避けるよう求めた。
 弘前大、福島県立医科大、広島大、長崎大は地域ごとの高度被ばく医療支援センターに指定され、拠点病院では対応できない重度の被ばく診療や、医療支援を行う。放医研は「基幹高度被ばく医療支援センター」とし、先導的な役割を担わせた。 (C)時事通信社