「法律がボクらの家族を引き裂いたんだ」。母親らがハンセン病の療養所に収容された黄光男さん(64)=兵庫県尼崎市=が作詞作曲した歌の一節だ。
 15日に成立したハンセン病元患者の家族に対する補償制度の対象者は、全国に約2万4000人いると推測される。家族訴訟原告団の副団長を務める黄さんは、「らい予防法」の廃止まで続いた隔離政策により、家族のつながりが途絶えたままになっている人もいると指摘。「家族の関係性を取り戻すことにつなげてほしい」と国に制度の周知を求める。
 黄さんは大阪府吹田市出身。1歳の時、母と姉がハンセン病患者として国立療養所「長島愛生園」(岡山県瀬戸内市)に入所し、黄さんも岡山市内の児童養護施設に入った。その後、父ともう一人の姉も療養所に収容された。
 約8年間、離れ離れで暮らし、家族5人で尼崎市の文化住宅で暮らし始めたのは小学校3年生になってからだった。両親が他界した今でも、「本当の親子関係はできなかった」という思いは消えない。
 病気について尋ねた際、声をひそめて病名を答えた母親。その姿を見て、病気のことを世間に隠し、避けてきた。しかし2003年ごろ、知人に誘われ「ハンセン病問題を考える尼崎市民の会」に参加したことをきっかけに、正面から向き合うようになった。
 家族訴訟原告団のメンバーの多くは実名を公表していない。ただ黄さんは、「家族が伝えるのが一番説得力がある。匿名だと信ぴょう性がない」との思いから、名前を明らかにしている。ハンセン病問題をテーマにした講演も積極的に行う。
 「理解するだけではなくて、感じてほしい」と、講演では自ら作詞作曲した歌などを歌う。そして、「ハンセン病問題だけではなく、誰もが知らず知らずのうちに差別する側に回ってしまうことを知ってほしい」と訴える。 (C)時事通信社