人道支援を続けてきたアフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲医師(73)。武装勢力に襲われる危険と隣り合わせの中、一人現地にとどまり、干ばつや飢え、洪水とも闘った。暴力によらない「真の平和」を求め、活動は35年近くに及んだ。
 中村さんが中心となりNGO「ペシャワール会」を結成。1984年5月からパキスタン北西部で活動を始めた。旧ソ連の侵攻で逃れたアフガン難民の医療支援を皮切りに、活動範囲は国連や赤十字の手が届かない山岳地帯にも広げた。
 2000年以降はアフガン全土で干ばつが深刻化したため水源の確保に着手。掘削した井戸は約1600本に上った。「医者がいなくても生きられるが、水なくしては生きられない」と考え、総延長25キロに及ぶ用水路の整備に乗り出した。
 ペルシャ語で「マルワリード(真珠)」と名付けられた用水路を砂漠に通し、水を供給する壮大なプロジェクトは、08年に命を落とした伊藤和也さん=当時(31)=も携わった。中村さんは遺体に付き添って帰国した後、1人戻って現地スタッフを指揮した。
 今年6月に会に送った報告で、中村さんは水路改修工事の状況を伝えている。治安悪化を懸念しつつも、「来年2月までに一気呵成(かせい)に完了する予定です。長年の懸案でもあったので、現場職員一同、思わず『おーっ!』と咆哮(ほうこう)、大いに意気が上がっております」と紹介した。
 「主役は現地の人」と語り、難民や兵士が農地回復で帰還することを願っていた中村さん。米同時多発テロ後の自衛隊派遣を「有害無益」と批判し、医療と農業支援による平和を訴えていた。 (C)時事通信社