新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政府が史上初の緊急事態宣言を発令してから7日で3カ月を迎える。この間、コントロールの効かない危機に焦りを募らせた首相官邸は、しばしば感染症専門家の異論を押し切って対策を主導してきた。宣言解除下で感染拡大の兆候が再び見え始める中、関係者の間では不信感が増幅しつつある。
 ◇「これで当確」
 「これで当確ですね」。宣言解除目前の5月22日夕、官邸で開かれた連絡会議。この日の東京都の感染者は3人との情報が飛び込んでくると、加藤勝信厚生労働相はこうつぶやいた。安倍晋三首相は「まだ隣の票田が空いてないよ」と近隣県の情報を待つようたしなめたが、選挙に絡めて冗談で応じた横顔には経済活動を再開できることへの安堵(あんど)感が漂った。
 国内初の感染者が1月中旬に確認されて以降、首相に突き付けられてきたのは感染拡大防止と経済活動維持という相反する二つの命題だ。ウイルス対策を最重視する感染症専門家は都市封鎖にすら言及。一方、経済への打撃を回避したい首相周辺は強力な措置に一貫して消極的だった。
 当初、首相が優先したのは感染拡大防止だった。周辺に反対論が残る中、4月7日に緊急宣言を発令。さらに同16日には対象地域を全国に広げた。対象拡大には現金給付の方針を転換するための言い訳づくりの思惑も働いたとはいえ、底流にあったのは制御不能の感染爆発への恐怖心だ。
 しかし、経済的な打撃が浮き彫りになるにつれ、首相も経済重視に傾斜していった。
 ◇曖昧な基準
 官邸と感染症専門家の意見対立が顕著になったのは5月以降。同1日の専門家会議の提言からは、「1年以上持続的対策が必要」との文言が官邸の意向を背景に削られた。同4日に月末までの宣言延長を決めてからは、宣言解除の数値基準づくりに向け、両者の間で激しい綱引きが繰り広げられた。
 専門家がまず提案したのは、感染を「直近1週間の10万人当たりの感染者0.5人以下」まで抑えることだった。欧米に比べると「桁違いに厳しい基準」(政府関係者)とされる。だが、西村康稔経済再生担当相が連絡会議でこの意見を紹介すると、今井尚哉首相秘書官は「東京で解除できなくなる」と猛反発した。
 最終的に官邸は「専門家には経済の視点が全くない」(首相周辺)と提案を却下。「10万人当たりの感染者が1人程度以下の場合は総合的に判断する」と0.5人基準を骨抜きにする文言を入れ込み、いかようにでも判断できるようにした。
 実際、神奈川県などの10万人当たりの感染者が0.5人を上回る中で同25日に宣言を全面解除できたのは、この文言があったからだった。
 ◇「それが政治」
 宣言の全面解除を5月25日と決めたのも官邸だった。専門家会議は28日に感染状況を分析して可否を判断する想定で動いていたが、首相は21日に日程の前倒しを記者団に表明し、独断で「今の状況が継続すれば解除も可能」と言い切った。ともに感染症専門家への事前の相談はなかった。
 政府関係者は「完全に官邸主導。首相が経済を心配する声に抗し切れなくなった」と解説する。
 官邸の対応に専門家は不満を募らせる。感染第2波に備えて仕切り直しを図るため、専門家会議の脇田隆字座長らは6月24日に新たな専門家組織の在り方を提言。しかし、西村氏は脇田氏らに連絡しないまま、同じ時間帯に専門家会議の廃止を発表し、かえって不信感を増幅させた。
 専門家の一人は「提言だけが報じられれば政府に批判的に響いただろう。西村氏は提言内容を先取りし、印象を薄めたかったのだろう」と分析した上で、諦めるように語った。「それでもいい。それが政治だ」。専門家会議に代わる分科会の初会合は6日に開かれる。 (C)時事通信社