コロナ禍において、うつ病は世界的に患者数がいっそう増えることが懸念されている。これまでに、うつ病の発症による精神的ストレスで腸内細菌叢と腸内代謝物の異常が生じる報告はされていたが、なぜ精神的ストレスによって腸内細菌叢の破綻が起こるのかは不明だった。北海道大学大学院先端生命科学研究院准教授の中村公則氏、同教授の綾部時芳氏らの研究グループはその機序を解明、結果をSci Rep2021年5月10日オンライン版)に報告した。

精神的ストレスでαディフェンシンが減少

 中村氏らはうつ病における脳腸相関に着目、小腸のパネート細胞で発現する腸内自然免疫(αディフェンシン)の分泌量が精神的ストレスにより減少することで、腸内細菌叢と腸内代謝物の恒常性が破綻するのではないかという仮説を立てた。

 慢性社会的敗北ストレス(CSDS)を12日間与えたマウス(CSDS群)を用いてCSDS負荷とαディフェンシン分泌量の関連を分析するため、まず便中のcryptdin1(Crp1)を測定。その結果、CSDS群のαディフェンシン量は対照群と比較して9日目に33%(P<0.01)、14日目に45%(P<0.05)減少していた。

 さらに小腸組織の免疫蛍光分析では、対照群と比較してCSDS群にパネート細胞とCrp1の有意な減少が見られ(P<0.01)、CSDS負荷によるαディフェンシン分泌量の減少が明らかになった。

 次に、CSDS負荷による腸内細菌叢の組成の変化を解析した。

 CSDS初期段階のCSDS群を中心にcryptdin4(Crp4)の経口投与を行ってCrp4投与群を生成、前述の2群(CSDS群、対照群)と比較した。その結果、CSDS群は対照群と比べて便中のαディフェンシン量が著しく減少していた(P<0.05)。一方で、Crp4投与群と対照群では便中のαディフェンシン量に有意差が見られなかったことから、Crp4の経口投与によってαディフェンシン量が回復することが明らかになった。

 便中のαディフェンシン量と腸内細菌叢の組成との相関分析を行うことにより、αディフェンシンの増加または減少によって有意に変化する腸内細菌叢を特定した。Ruminococcaceae(R=0.493、P=0.038)、Allobaculum(R=0.795、P<0.0001)、Sutterella(R=0.535、P=0.022)、Akkermansia(R=0.612、P=0.007)はαディフェンシンと正の相関を示し、Erysipelotrichaceae(r=−0.475、P=0.046)は負の相関を示した。

 以上のことから、CSDS負荷によるαディフェンシン減少が少なくとも部分的に腸内細菌叢異常を引き起こすことが明らかになった。

αディフェンシン投与で腸内異常が改善

 さらに、CSDS負荷による腸内代謝物の変化およびαディフェンシンの関与を検証するため、CSDS群とCrp4群の腸内代謝物を分析した。質量分析装置を用いて便中の代謝物を同時に測定、322の候補代謝物を同定した。αディフェンシンの増減によって変化が引き起こされる便中の代謝物を明らかにするため、αディフェンシンと腸内代謝物との相関分析を行ったところ、34の代謝物と正の相関があり、5つで負の相関があった。このことから、腸内のαディフェンシン量が特定の腸内代謝物に影響を及ぼすことが示された。

 また腸内細菌叢と322の代謝物との相関分析により、αディフェンシンの減少によって引き起こされた腸内細菌叢の異常が特定の腸内代謝物の異常と相関していることが示された。

 最後に、αディフェンシンの減少とCSDS群で観察された腸内代謝物の変化との因果関係を検討するため、αディフェンシンを経口投与した場合の各群間の代謝物の違いを相関分析したところ、CSDS群とCrp4群の間で有意な変化が見られた代謝物は、対照群とCrp4群の間では有意差が見られなかった。またCSDS群で有意に減少した代謝物はαディフェンシンの経口投与によって回復(増加)し、CSDS群で有意に増加した代謝物はαディフェンシンの経口投与によって抑制された。

 このことから、CSDS群にαディフェンシン経口投与を行って、減少していた腸内のαディフェンシンを増加させると、腸内細菌叢と腸内代謝物の異常が改善することが分かった。

脳腸相関を介したうつ病の予防・治療法開発に期待

 本検討において精神的ストレスで起こるαディフェンシンの機能低下が引き金となって腸内細菌叢が異常になり、さらには腸内代謝物の恒常性が失われるという一連の脳腸相関が世界で初めて明らかになった。

 中村氏らは、「行動の変容を含めた全身的な影響については今後の検討が必要だ。しかし、うつ病におけるαディフェンシンを含む腸の自然免疫と腸内細菌叢の関係性をさらに追究していくことによって、将来的に脳腸相関という視点からのうつ病に対する予防法や新規治療法の開発が期待される」と展望している。

(渡邊由貴)