心不全は予後が不良で、高齢化の進展に伴い国内外で患者が増えている。しかし、左室駆出率がある程度保たれた病型(HFpEF)などへの治療法が十分に確立されておらず、健康寿命を延伸する上で大きな課題となっている。そうした中、熊本大学などの研究グループは、マウスの心筋細胞に存在し、心不全の進行に抑制的な働きをする長鎖ノンコーディングRNA(IncRNA)を同定(Nat Commun 2021; 12: 2529)。心不全の新規治療法開発につながるとして、研究グループの一員で同大学大学院生命科学研究部分子遺伝子学講座教授の尾池雄一氏が、日本抗加齢医学会WEBメディアセミナー(5月19日開催)で解説した。

Carenは心機能低下を抑制も、加齢などで減少する

 多くの細胞おいてDNA損傷応答経路の活性化は、がん化の予防に重要である。正常な心筋細胞でもDNAが損傷されるとDNA損傷応答経路が活性化されるが、活性化を介して心不全の病態が増悪することが報告されている(Nat Commun 2017; 8: 15104)。

 また、①加齢、肥満や運動不足といった生活習慣の乱れによってミトコンドリアの量・質が低下すると、心筋機能の維持に必要なアデノシン三リン酸(ATP)産生能が低下する②ミトコンドリアの量・質の低下により活性酸素の産生が増加すると、心筋細胞のDNAが損傷されてDNA損傷応答経路が活性化される―ことが知られている。

 こうした背景の下、研究グループはマウス実験で、心筋細胞におけるミトコンドリアの機能低下とDNA損傷応答経路の活性化が連関し、心不全の発症、増悪の原因となっていることを明らかにした。さらに、マウスの心筋細胞に存在するIncRNA「Caren(Cardiomyocyte-enriched noncoding transcript)」を同定。Caren RNA量は心不全発症の要因となる加齢や高血圧に伴い減少すること、Carenはミトコンドリア数を増加させてATP産生を増強し、DNA損傷応答経路の活性化抑制を介して心機能の低下を防ぐことを解明した(図1)

図1. 心筋細胞におけるCaren RNA量減少による心不全発症、増悪のメカニズム

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 次に、病原性を有さず心筋細胞に選択的に感染してCarenを発現するように設計したアデノ随伴ウイルス(AAV6-Caren)を心不全モデルマウスに投与したところ、心不全の増悪が抑制された(図2)。さらに、重篤な心不全を示すCaren欠損マウスから心不全モデルを作製し同様のウイルスを投与した結果、非投与マウス群に比べ生存期間が100日程度延伸した。

図2. 心不全モデルマウスにおける心筋細胞へのCaren RNA補充療法の効果

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(図1、2とも日本医療研究開発機構プレスリリース)

 なお、①Carenはヒト心筋細胞にも存在し、心不全患者の心筋細胞ではCaren RNAと心不全マーカー遺伝子の発現量が逆相関する②ヒト人工多能性幹(iPS)細胞から作製した心筋細胞においてヒトCaren RNA量を減少させると、ミトコンドリアのATP産生能が低下する―といった点も分かった。

心不全が改善し、運動耐容能も向上

 尾池氏らは、今回の結果を基に臨床応用への展開について検討。加齢に伴う心筋細胞の肥大化および線維化によって心機能が低下したマウスにAAV6-Carenを投与すると、心筋細胞の肥大化が軽減、心線維化も軽減傾向を示し、心収縮能および拡張能の低下が改善された。

 さらに、マウスの心筋細胞におけるミトコンドリア生合成量も増加し、それによって活性酸素産生およびDNA損傷応答経路の活性化が抑制されたという。また心機能改善に伴い、運動耐容能も向上した。

 以上の結果から、Caren RNA補充によって心臓の加齢性変化が改善し、運動耐容能の向上が示されたと考えられる。

ミトコンドリア、RNAの幅広い活用に期待

 尾池氏は、臨床応用に向けたポイントとして①心不全モデル動物を用いた、さらなるヒトCarenによる抗心不全効果の検証②RNA直接投与や遺伝子治療など、ヒト心筋細胞へのCaren補充法の開発―を挙げる。一方で、同氏らは既にヒトCaren RNAを補充した心不全モデルマウスにおいて、心臓リモデリング改善、心機能向上、心筋細胞のミトコンドリアの量・質の改善という結果を得ている。

 同氏は、Carenが心不全の新規治療法開発の鍵となる点に期待を示しつつ、「心筋以外の細胞にも存在するミトコンドリアをターゲットとすることで、心不全以外の加齢性疾患の治療法開発に応用できるのではないか」と展望。その上で、「今後は、RNAを直接医療に使用するRNA医薬にも注目が集まるだろう」と締めくくった。

(須藤陽子)