ヒトの遺伝子数は2万~2万5,000個とされるのに対し、ヒトに生息する細菌の遺伝子は330万個に上ると推計され、桁違いに多い。そのため、循環器疾患を紐解く上で細菌の研究は重要だと考えられる。国立循環器病研究センター病院脳神経内科部長の猪原匡史氏は、齲蝕原性細菌(通称、虫歯菌)のうち、と脳内の微小出血に関するこれまでの知見を第21回日本抗加齢医学会(6月25~27日、ウェブ併催)で発表した。

S. mutans保菌者のうち、Cnm陽性例では微小出血リスクが高い

 猪原氏は、まずS. mutansと脳内の微小出血との関連について述べた。

 S. mutansは通性嫌気性菌で、酸素が豊富な血液中で長時間生存できるのが特徴である。頸動脈におけるアテローム硬化性プラークを摘出し、プラーク内の齲蝕原性細菌を検証した研究によると、歯周病菌はほとんど検出されなかったのに対し、S. mutansの陽性率は100%であった(Int J Cardiol 2014; 174: 710-712)。このことから、S. mutansは血中に入り込み、体内に悪影響をもたらす存在と考えられる。   

 S. mutansの中でも、とりわけコラーゲン結合性が高い蛋白Cnmを発現するCnm陽性S. mutansは、脳内出血に関与することが知られ、全人口のうち約20%がCnm陽性S. mutansを有するという。さらに、脳卒中易発症高血圧自然発症ラットにS. mutansを投与した研究では、Cnm陽性S. mutansを投与したラットでは脳内で広範な出血を呈し、血管の内腔外への連鎖球菌の浸潤が認められた(Nat Commun 2011; 2: 485)。以上のことから、S. mutansがコラーゲンと結合し、血管から脳内まで入り込む機序が明らかとなった。

 同氏らが急性期脳卒中患者連続100例を対象に、口腔内におけるCnm陽性S. mutans を検出したところ、高血圧性脳出血、ラクナ梗塞、心原性脳塞栓症、アテローム血栓性脳梗塞の4病型うち、高血圧性脳出血例で検出割合が最も高く26%に達し、その他の病型に対するオッズ比は5.66(95%CI 1.34~23.9)だった(Sci Rep 2016; 6: 20074)。  

 近年、脳内の微小出血が後の大出血につながることが指摘されているが、同氏らがS. mutans保菌者においてCnm陽性の有無別に微小出血の発生割合を比較したところ、Cnm陰性例と比べてCnm陽性例では微小出血の発生頻度が有意に高く(P=0.0024)、中でも深部微小出血の頻度が高かった(P=0.0002)。

微小出血が認知症リスクに寄与

 では、これらの微小出血は予後にどのような影響を及ぼすのだろうか。猪原氏は、認知症との関連を指摘した。

 脳内微小出血の有無別に、その後の認知症発症率を追跡した研究から、脳内微小出血が認められた患者群では認知症発症リスクが高まることが報告されている(Neurology 2014; 83: 646-653)。またCnm陽性S. mutansの有無別に高次脳機能検査を実施したところ、Mini-Mental State Examinationスコアに有意差はなかったものの、単語想起課題検査では"た"から始まる単語の1分以内の想起数(P<0.05)および"か"から始まる単語の1分以内の想起数(P<0.01)ともCnm陽性S. mutans保菌者で有意に少なかった(Sci Rep 2016; 6: 38561)。

 これらのことから、同氏は「通常、脳内の微小出血はなかなか増加しないものだが、Cnm陽性S. mutans保菌者では、数カ月のうちに微小出血数が増加する例が見られる。われわれの検討でも、Cnm陽性S. mutans保菌者では、深部を含めた脳内の微小出血の発生割合が高いことを明らかにしており(Stroke 2020; 51: 3632-3639)、微小出血が脳内で負の作用をもたらすと考えられる。将来的な認知症発症のリスクが高いと想定でき、先制医療が必要だといえる」と述べた。

 同氏は現在、脳神経内科と歯科が連携し、口腔内細菌感染と脳卒中/認知症との関連を検証する世界初の多施設前向き観察研究(RAMESSES)を進行中で、既に200例以上が登録。近い将来、結果を報告する予定である。

脳卒中予防には口腔ケアが重要

 脳内出血の原因のうち、猪原氏らが明らかにしたCnm陽性S. mutans保菌は環境要因であるが、遺伝要因の原因遺伝子としてこれまでに明らかになっているのは、COL4A1COL4A2のわずか2種だという。両遺伝子からつくられる蛋白質は、血管の基底膜(血管を裏打ちする膜)の主要コラーゲンである。すなわち、環境要因、遺伝要因のいずれにも脳内出血とコラーゲンが関与しており、遺伝的に(生まれつき)コラーゲンの産生、分泌が低下していたり、コラーゲン結合性のCnm陽性S. mutansが原因で後天的にコラーゲンが傷害されることで、脳内出血が引き起こされる。

 同氏は最後に、脳深部に脳出血を来し薬物療法により血圧管理を行っていたにもかかわらず9カ月後に再発し、その後口腔内検査でCnm陽性S. mutansが検出され入念な口腔ケアを導入、以後3年にわたり再発が認められていない症例を紹介。「体内に生息する菌はさまざまな循環器疾患と関連する。口腔内細菌は容易に血中に入りやすく、Cnm陽性S. mutansも血管内皮細胞に入り込むことが得意な菌で、免疫系を回避する動きも見られる。このような菌をいかに駆除していくかが課題だ」と指摘した。その方法として、「脳卒中予防の観点からは、まずは口腔ケアを行うことが大切。また、Cnm陽性S. mutansが認められた場合は、短期的には高血圧や糖尿病などの基礎疾患をケアした上で、適切な口腔ケアを行うことがまずわれわれが実行可能なものだが、Cnmという標的蛋白が明らかになったので、分子標的脳出血予防法の将来的な開発を期待したい」とまとめた。