五輪が始まった東京は、もやもやしている。スポーツの祭典としてあるはずだった祝いの感はなく、どう向き合うべきか戸惑う。コロナ禍でなぜ。腹に落ちる言葉をついに聞けぬまま、なだれ込むように国立競技場での幕開けを迎えた。
 8年前の秋、当時の安倍晋三首相が東日本大震災による原発事故汚染水を「アンダーコントロール」と断じ、招致を勝ち取った。復興が開催理念になって福島で競技や聖火リレー出発が組まれたが、うわべの理念もやがて置き去りになった。
 コロナに打ち勝った証しにすり替わり、菅義偉首相の下、それも難しいとみるや団結や絆といった言葉が出てきた。大義はなく、開催ありき。政治のみならず、五輪に関わるリーダーたちが繰り返した根拠なき「安心、安全」は人々の心に響かなかった。
 国際オリンピック委員会(IOC)は競技団体や加盟国をつなぎ留める命綱の放映権料を守るため、開催を前提に強権的であり続けた。物言わぬ日本。政治的な意図があり、IOCも同じベクトルだった。世論をはねのけて突き進み、ある大会関係者は「歓迎されない五輪になる」と嘆いた。
 大会は、終われば歴史の一部になる。のちに振り返ったときに、コロナ禍で強行された2度目の東京五輪に何か語るべきことはあるだろうか。
 「アスリート・ファースト」という横文字はいつしか聞かれなくなった。為政者やリーダーが都合よく口にしてきた空虚な言葉に力はない。理念も大義もなく、祝祭を感じられない五輪が始まった。それならせめて、アスリートの技と勝負が記憶に残る瞬間が少しでもあるといい。 (C)時事通信社