新型コロナウイルスの緊急事態宣言下で始まった東京五輪。大会の公式エンブレムの生みの親、野老朝雄さん(52)はこれまで、開催の是非や意義をめぐって国民が分断されるさまを複雑な思いで眺めてきた。藍色の紋に「つなげる」という願いを込めたという野老さんに、今の思いを聞いた。
 一般公募の1万4599作品から野老さんの「組市松紋」が選ばれたのは2016年春のこと。3種の四角形45個で編み上げた二つの紋は面積がぴたりと同じで、「多様性と調和」「平等」を表現した。五輪のエンブレムは「個が輪になる」さま、パラリンピックはその輪が開かれた様子や、力こぶを作った「ガッツポーズ」などをイメージさせる。白地に映える藍色は、江戸時代に町人らが身に着けた「みんなの色」であり、武将も好んだ「強い色」だ。
 01年の米同時多発テロで人々の断絶を目の当たりにして以来、「つなげたい」という素朴な思いを抱き、小さな図形を連ねて大きな絵にする作品に託してきた野老さん。ところが、エンブレムに込めた思いとは裏腹に、人々をつなげるはずだった五輪はコロナ禍で暗転。「安全、安心という言葉すら使いづらくなった。本当に複雑な思いです」と嘆く。
 多くの人が開催中止を訴え、政府や大会組織委員会の唱える「意義」も空虚に響く今大会。それでも、野老さんはアスリートの持つ力を信じているという。「イデオロギーと関係なく尊敬できて、人を一瞬でとりこにしてしまうのがトップ選手の持つすごさ」と語り、「彼らの姿を見て、僕らも頑張ろうと思える。存在自体が次世代へのバトンのようなものだ」と力を込める。
 野老さんは、開幕したらあっという間に終わってしまう両大会を桜に例え、「それを見ている間だけは、敵同士の争いも止める力がある」と強調。五輪の公式アートポスターや表彰台のデザインも担当したことを「誇りに思っている」と話し、こう続けた。「こんなに立派な五輪だったというのではなく、こんなに大変だったよ、と次の世代に伝えることにも意味があるんじゃないでしょうか」。 (C)時事通信社