名古屋大学大学院消化器外科学教授の小寺泰弘氏らの研究グループは、転移および非転移の胃がん患者を対象に遺伝子発現解析を行った結果、腹膜播種、血行性転移、リンパ行性転移を来した患者群ではアセチルコリン受容体サブユニットであるcholinergic receptor nicotinic beta 2 subunit (CHRNB2)が異常に高発現していることを発見。ゲノム編集技術によりCHRNB2を喪失させると、胃がん細胞の転移能が低下することを明らかにした。また、CHRNB2を特異的に阻害するモノクローナル抗体を胃がん細胞を移植したマウスに投与したところ、がんの進行が抑制できたという。詳細は、Oncogene(2021年7月30日オンライン版)に掲載された。

新機序薬へのニーズが高まる

 胃がん重症化の主な要因として腹膜、リンパ節、肝臓などへの転移が挙げられる。治療成績を向上させるには転移の制御が重要だが、既存の抗がん薬の効果は限定的で、新規の作用機序を持つ分子標的薬へのニーズが高まっている。

 そこで研究グループは今回、全く新しい機序によりがん細胞を攻撃する分子標的薬の開発を目指し、転移を伴う胃がんで特徴的に高発現している分子を探索した。

 転移のない胃がん患者と転移した胃がん患者から生体試料を採取し、次世代シークエンサーを用いて5万7,749種のほぼ全ての既知の遺伝子とそのスプライシング産物の網羅的遺伝子発現解析を行った。

CHRNB2のノックアウトで、転移に重要な遊走能と浸潤能が低下

 その結果、CHRNB2があらゆるタイプの転移を伴う胃がん組織中で異常高発現していることを発見した。そこで、胃がん細胞株を対象に、ゲノム編集技術を用いてCHRNB2を安定的にノックアウトしたところ、胃がん細胞の転移に重要な遊走能と浸潤能が低下した。

 さらに、マウスの皮下に胃がん細胞を移植して皮下腫瘍モデルを作製。未処理の胃がん細胞を注入すると、皮下腫瘍は時間経過とともに増大したが、CHRNB2をノックアウトした胃がん細胞では皮下腫瘍が増大する程度が減弱し(図1)、CHRNB2のノックアウトによる胃がん細胞の細胞増殖能および接着能の低下も認められた。

図1. マウスの造腫瘍能の比較

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 またCHRNB2を喪失させることで、フルオロウラシル(5-FU)とシスプラチンによる薬物治療の効果が増強されていた。

抗CHRNB2モノクローナル抗体投与で胃がん転移の進行を抑制

 続いて、蛍光細胞染色法によりCHRNB2が胃がん細胞の細胞膜上に分布することを確認、特異的抗体を用いてCHRNB2を阻害する方法を着想した。

 まず、CHRNB2のアミノ酸配列から抗原性を予測して抗体の標的部位をC末端側の細胞外領域に選定。抗CHRNB2モノクローナル抗体の抗原への親和性を測定した後、特異的にCHRNB2と結合していることを蛍光細胞染色法で確認した。抗CHRNB2モノクローナル抗体を、がん細胞を腹腔内に移植したマウスに対して腹腔内投与することにより、胃がん転移の進行を抑制できていた(図2)。

図2. マウス腹膜転移モデルに対する抗CHRNB2抗体の効果

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(図1、2とも名古屋大学プレスリリース)

 作用機序を明らかにするため細胞内シグナル解析を行ったところ、CHRNB2の阻害によりがんの悪性度に強く関与しているPI3K-AKTシグナルやJAK-STATシグナルが不活化していた。

将来的には大腸がんなど他のがんへの応用目指す

 CHRNB2はアセチルコリン受容体ファミリーに属するが、重症筋無力症に関与する筋型のアセチルコリン受容体と異なり、神経型に分類される。そこで、CHRNB2の減弱が生体にどのような影響を及ぼすかを検証するため、CHRNB2ノックアウトマウスを特に神経系に着目して解析した。

 その結果、生殖、発育、臓器機能に異常がないことに加え、運動・認知機能にも異常がないことが明らかとなり、CHRNB2を阻害することで臓器形成や神経系機能に重大な影響を及ぼす危険性は低いと考えられた。

 研究グループは「既存の分子標的治療薬と異なる、新たな作用機序による分子標的治療開発の過程で発見したCHRNB2は、胃がんの転移形成に大きな役割を有する標的分子となりうる。今後、ヒト化抗体の創製を進めていくとともに、将来的には胃がんだけでなく、CHRNB2が高発現している大腸がん、肺がん、乳がん、膵がんなどの他のがん種への応用も目指す」としている。

編集部