国立がん研究センター研究所と慶應義塾大学病理学教室の共同研究グループは、検体の入手や解析が難しく、発がんメカニズムやゲノム異常がほとんど明らかにされていないスキルス胃がんについて、腹膜播種例の腹水細胞を対象に全ゲノム解析などを行い、病態の解明と治療標的の同定を目的として検討を行った。その結果、スキルス胃がんに特徴的な遺伝子異常を数多く同定し、これらの患者に対しては既存の分子標的治療薬の有効性が期待できることを見いだした。研究の詳細はNature Cancer(8月17日オンライン版)に掲載された。

98例の腹水由来のがん試料で検証

 スキルス胃がんは、がん細胞が粘膜下に広く浸潤し、診断時には既に腹膜播種や腹水を来たすことが多く、膵臓がんなどと並んで予後が悪い。腫瘍細胞は低分化型または印環細胞の形態を取り、粘膜下への浸潤によって周辺間質は著明な線維化を来していることが知られる。これまで、スキルス胃がんでは手術があまり行われないため検体の入手が難しく、また検体を入手できても線維化が強くがん細胞の含有割合が低いため、ゲノム異常や発がんのメカニズムをほとんど解明できていなかった。

 そこで今回、研究グループは、高純度の試料を得るため、胃がんの腹膜播種からがん性腹水を来した患者の腹水中のがん細胞を純化するとともにがん細胞株を樹立し、これらの試料を用いて全ゲノム解析を含む網羅的マルチオミクス解析を行い、スキルス胃がんの病態解明と治療標的の同定を試みた。

 計98例で腹水由来のがん試料が得られ(純化がん細胞のみ39例、がん細胞株のみ22例、その両方37例)、これらの試料について同じ患者のペア末梢血とともにゲノムDNAを調製して全ゲノム解析を実施。純化がん細胞および細胞株についてはRNAも調製し、次世代シークエンサーによる配列解析も行い、細胞株が得られた症例については網羅的メチル化解析、網羅的エンハンサー解析などのエピゲノム解析を行った。

 なお、これら症例の約9割は低分化型がん細胞、印環細胞陽性、びまん性浸潤、最初の転移巣が腹膜など、スキルス胃がんに該当する特徴を組み合わせて有していた。

KRAS、FGFR2、METなどで高度増幅

 全ゲノム解析の結果、細胞増殖の重要な制御系である受容体型チロシンキナーゼ-RAS-MAPK経路の遺伝子群に高頻度にがん化変異(増幅)が認められた。とりわけ、10コピー以上の高度増幅が認められた遺伝子としてKRAS(全症例中19.4%)、FGFR2(11.2%)、MET(7.1%)、ERBB2(5.1%)およびEGFR(4.1%)が挙げられた。さらに肺がんで認められるEML4-ALK融合遺伝子が2例、甲状腺がんで認められるAGK-BRAF融合遺伝子が1例で発見された。

 これら遺伝子の増幅・融合は全体の50%に及び、スキルス胃がんの発症メカニズムに染色体の構造異常が大きな役割を果たしていた。KRAS遺伝子では点突然変異(アミノ酸置換)による活性化が11.2%で認められており、上記の遺伝子高度増幅と相互排他的に存在していた。

 遺伝子異常の多くに対応した分子標的治療薬が既に開発・実用化されおり、EML4-ALK、MET、FGFR2各遺伝子の増幅異常を持つ細胞株をマウス腹腔に接種した後に、ALK阻害薬アレクチニブ、MET阻害薬capmatinib、FGFR2阻害薬infigratinibをそれぞれ経口投与した結果、腹膜播種の速やかな消失が確認された()。

図. 腹膜播種モデルマウスの治療実験

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(国立がん研究センタープレスリリース)

TEAD経路の新規阻害薬開発に期待

 一方、網羅的RNA解析により得られた遺伝子発現プロファイルを基に検体を階層的クラスタリングすると、大きく2群に分類された。両群を区別している遺伝子を探索したところ、上皮間葉転換(epithelial mesenchymal transition;EMT)に関与する遺伝子群が最も明瞭に両群を分けており、EMTに重要な役割を果たすTGF-β経路の遺伝子群が発現上昇している「EMTグループ」と、それが認められない「non-EMTグループ」に区別されていた。

 また、EMTグループ特異的に、細胞増殖および器官のサイズを制御するHippo経路の転写因子群TEAD1、WWTR1(TAZ)などが高発現していた。そこでTEAD抑制の治療効果を検討するために、EMTグループの細胞株を用いて腹膜播種モデルマウスを作製し、TEAD1-4の阻害薬を経口投与したところ、がん細胞増殖が抑制されていた。またTEAD阻害薬とMAPK経路阻害薬の同時投与によって、さらに強いがん細胞死が誘導された。

 以上の結果を踏まえ、研究グループは「スキルス胃がんにおける詳細なゲノム異常が明らかとなった。マウス実験で多くの分子標的薬の有効性も確認されたことから、今後は同様な患者のがん遺伝子パネル検査への実装や分子標的治療薬の開発への展開が期待される。また全く新しいスキルス胃がんの治療薬として、TEAD経路の阻害薬の開発にも期待したい」と述べている。

編集部