東京パラリンピックの公式アートポスターの中に、淡い色彩で描かれた1枚の絵がある。手の代わりに足で勇壮に弓を引く和装の女性が目を引くが、緻密に描かれた背景に目をこらすと、共生社会の実現をうたう大会理念とは裏腹な「開催国の現実」が浮かび上がってくる仕掛けだ。どんな思いを込めたのか、制作者の画家、山口晃さん(52)に聞いた。
 山口さんの元に制作依頼が舞い込んだのは2019年春のこと。大会をめぐる数々の疑惑や不祥事にあきれ、「復興五輪」「コンパクト五輪」といった主催者の説明にも不信感を持っていた山口さんは、「美術が体制側を賛美することにならないか」と困惑。悩んだ末に、「外から文句を言うよりも、輪の中に一歩踏み込んで声を上げることに意味がある」と考え、制作を承諾したという。
 都心のビル屋上に並ぶ処理済み汚染水のタンク、遠景に福島の海と原発施設、障害者施設の屋根に咲く「ヤマユリ」。口で絵を描く全身まひの患者や、車いすでわずかな段差と格闘する高齢者の姿は、パラ競技の躍動からは見えにくい障害の現実だ。為政者が掲げてきた「アンダーコントロール」や「ユニバーサルデザイン先進都市」の看板とはかけ離れた日本の現状を、山口さんはキャンバスの隅々まで描き込んだ。
 窮屈な和装で競技を強いられる中央の女性は、「障害は本人でなく、健常者の都合を押し付ける社会が生み出している」ことの象徴だ。山口さんは「世間から隠され、街に出られない障害者もいる。パラ競技より、そうした人々の姿を子どもに見せた方がよほど教育効果がある」と訴える。
 「一番弱い者が死なずにすむために社会はある」「オリパラなどは思い出す良い機会だ。復興五輪、アンダーコントロールなども忘れてはいまいか」。絵に添えた山口さんのメッセージはツイッターなどで広く転載され、共感を呼んだ。長野冬季五輪の際、会計帳簿が焼却されて予算の検証ができなくなったことに触れ、「為政者は後から検証されることを嫌って記録をごまかすものだ」と指摘した山口さん。「空気を読んだり、短気を起こしたりせず、われわれは目を見開いて現実を見詰めなくてはいけない」と力を込めた。 (C)時事通信社