―衆院選不出馬の理由は。
 日本では職業としての政治家が定着しているが、議員生活28年間と自己紹介すると外国人はびっくりする。世界的には議員を10~20年間務め、次の新天地を切り開くのが普通だ。「猿は木から落ちても猿だが、政治家は選挙に落ちたらただの人」というのは間違っている。どんな立場でも国や地域に貢献できる。引退という言葉は使わない。
 ―28年間で最も心に残ることは。
 東日本大震災は大きかった。その衝撃から日本を立ち直らせようと取り組んだのが、まずは国会事故調査委員会であり、そして原子力規制委員会の設置だ。当時、自民党は野党だったが、民主党政権に働き掛けて議員立法で設置法を成立させた。原子力をめぐって大切なのは科学と政治の折り合いをどう付け、正しい答えを出すか。全く科学的ではない政治をやっているのが日本。同じことは新型コロナウイルス対策にも言える。
 ―コロナ対策の問題点は。
 都道府県・保健所中心、地方にお任せの明治30年からの法制度を改めず、有事と平時の峻別(しゅんべつ)ができていない。有事のときは国が司令塔となり、地方への指揮命令系統を確立しなければならない。敵が攻めて来たとき、司令塔も指揮命令系統もなければ勝てっこない。「保健所がうんと言わなければ、病院に行ってはいけません」という今の制度はおかしい。公衆衛生と地域臨床医療は一体化すべきだ。
 ―なぜ法制度を変えないのか。
 昨年6月の自民党の行革本部提言は同10月の政調審議会で正式に了承された。しかし、厚生労働省が実行に移さない。厚労省は政治を何と心得るのかだ。それを今の政権が容認してきた面もある。
 ―党総裁選に望むことは。
 国民の気持ちを代弁できる人を選ぶことだ。みんなで議論することが大事だ。
 ―2014年に岸田派を離脱した。派閥の功罪は。
 仲間と一緒に何かをするのはいい。助け合いの仕組みだ。ただ、本当に助けてくれたのは支援者だった。加藤の乱で内閣不信任決議案に賛成票を投じようとしたとき、「信念を通せ」と背中を押してくれたのは支援者だった。
 ―地盤は長男が継ぐ。世襲批判もあるが。
 18人が公募に応じ、選ばれた。民主主義のやり方だ。形の上の世襲かどうかより、中身で見るべきだ。
 ―若手時代に政策新人類と呼ばれた経験も踏まえ、若い政治家へのメッセージは。
 国会は国権の最高機関だとことあるごとに認識し、ふさわしい仕事をしてもらいたい。役人に唯々諾々と従っていてはだめだ。自分の主張に根拠があると思うなら、100万人の敵あれども我一人行かんだ。
 ◇塩崎恭久氏(しおざき・やすひさ)東大教養卒。官房長官、厚生労働相、自民党行政改革推進本部長など。愛媛1区、当選8回(参院当選1回)。70歳。 (C)時事通信社