いまや糖尿病治療薬の範疇を超え、慢性心不全や慢性腎臓病への適応拡大が進みつつあるSGLT2阻害薬。そうした中、第Ⅲ相ランダム化比較試験(RCT)EMPULSE1)では、530例と少数例ながら急性心不全による入院患者を対象に、SGLT2阻害薬エンパグリフロジンが糖尿病の有無や左室駆出率(LVEF)にかかわらず、90日以内の死亡、心不全イベント、QOL改善などを含む主要評価項目について、臨床的有用性に優れることが分かった。オランダ・University Medical Centre GroningenのAdriaan A. Voors氏らが、結果を米国心臓協会(AHA 2021、11月13~15日、ウェブ開催)で発表した。詳細はNature Medicineに掲載の予定。知見の集積が進めば、心不全の臨床経過において、これまでエビデンスが乏しかった急性心不全の治療に、新たな選択肢が加わることになりそうだ。

530例を平均入院3日でランダム化

 急性心不全に関するエビデンスとしては、2020年にSOLOIST-WHF試験で、SGLT1とSGLT2の両者を阻害するsotagliflozinが、主要評価項目の「心血管死または心不全イベント」を33%有意に低減することが確認されている。しかし、同試験の対象は2型糖尿病患者に限定され、退院後も含む亜急性期。急性心不全入院患者では、いつSGLT2阻害薬の投与を開始すれば、安全に臨床転帰を改善できるかは明らかではなかった。

 EMPULSEの対象は、糖尿病の有無やLVEFにかかわらず、新規発症または非代償性慢性心不全により急性心不全の診断で入院し、安定した入院患者。入院中または入院前72時間以内に、N末端プロB型ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)1600pg/mL以上、またはBNP 400pg/mL以上を満たすこととした。

 安定化の基準は、①収縮期血圧100mmHg以上で6時間以内に低血圧症状なし、②6時間以内に静注利尿薬の増量や静注血管拡張薬の使用がない、③24時間以内に静注強心薬の使用なし―などとした。

 解析対象は、日本を含む世界118施設で登録した530例。入院24時間後から5日以内(平均3日)に、①エンパグリフロジン群(E群、10mg/日、265例)②プラセボ群(P群、265例)の2群に1:1でランダムに割り付け、二重盲検下で90日間投与を継続し追跡した。

糖尿病なし54.7%、LVEF40%超31.9%含む

 主要評価項目は、①死亡、②心不全イベント数、③初回心不全イベントまでの期間、④治療90日後におけるカンザスシティ心筋症質問票総合症状スコア(KCCQ-TSS)2)のベースラインからの5ポイント以上の変化―の複合とした。心不全イベントには、心不全による入院、心不全による緊急・予定外の受診を含む。

 主要評価項目の解析には、win比(win ratio)を用いた。これは、複合評価項目を階層化し、臨床的に重要性が高いイベントに優先順位をつけて評価する指標。対象を各群1例ずつのペアとし、優先順位の高い評価項目から評価して勝敗を決定し、勝率の比(介入群/対照群)で、臨床的有用性を評価するというもの。

 具体的には、コンピュータで両群から1:1のペアをランダムに抽出、各ペアで前述の4つの評価項目を、①から④の順に比較する。勝者は、①死亡までの期間が長い、②イベント数が少ない、③イベント発生までの期間が長い、④QOLの改善が多い群で、①が同等なら②で、②が同等なら③でと、順次評価を進める。最終的な勝率を集計し、P群に対するE群の勝率の比であるwin比を求めた。

 ベースラインの患者背景は、年齢中央値が約71歳、女性が33.8%を占め、新規発症急性心不全が33.0%、糖尿病合併が45.3%、LVEF中央値は約32%、LVEF 40%超が31.9%、KCCQ-TSSの中央値は37.5~39.6と極めて重症の患者集団だった。

勝率53.9%、win比1.36

 結果はどうか。

 主要評価項目に関する勝率は、E群が53.9%、P群が39.7%で、同等は6.4%。win比は1.36(95%CI 1.09~1.68、P=0.0054)で、Voors氏は「エンパグリフロジンによる治療で臨床的有用性を経験する可能性が36%高い」と指摘した。

 内訳を見ると、E群は死亡までの期間(E群7.2%、P群4.0%)、心不全イベントの頻度(同10.6%、7.7%)、KCCQ-TSS(同35.9%、27.5%)の勝率がいずれも高かった。逆に心不全イベント発生までの期間の勝率は、逆にわずかながらP群で高かった(同0.2%、0.6%)。

 死亡はE群4.2%、P群8.3%に生じ、心不全イベントはそれぞれ10.6%、14.7%と、いずれもE群で発生率が低かった。

 主要評価項目のサブグループ解析では、ベースラインにおける①心不全状況(新規発症か非代償性慢性)、②糖尿病合併の有無、③年齢(70歳未満か以上)、④性、⑤NT-proBNP(中央値未満か以上)、⑥推算糸球体濾過量(eGFR)(60mL/分/1.73m2未満か以上)、⑦心房細動/心房粗動の有無、⑧LVEF(40%以下か超)─などによる有意な交互作用は認められず、一貫してエンパグリフロジンの効果が優れた。

 ただし、地域(アジア、欧州、北米)ごとのwin比は欧州の1.59(95%CI 1.20~2. 90)、北米の1.32(同 0.87~2.00)に対して、アジアでは0.66(同0.34~1.30)で交互作用のP=0.0602と、有意傾向が示された。

QOLも改善、忍容性良好

 副次評価項目では、90日後のKCCQ-TSSの変化は、当初の数日間はP群の改善が上回ったが、15日後から90日後まではE群で改善が大きく、90日後にはE群35超、P群30超で、90日後のプラセボ調整後の平均差は4.5ポイントと、エンパグリフロジン投与により有意に良好なQOL改善を示した。

 一般的な心血管死または初回心不全イベントのKaplan-Meier解析では、P群に対するE群のハザード比(HR)は0.69(95%CI 0.45~1.08、P=0.1012〕と、エンパグリフロジンにより31%のリスク低減が示されたものの、有意差はなかった。一方、全死亡または初回心不全イベントについては、HR 0.65(同0.43~0.99、P=0.0423)と、エンパグリフロジンにより35%の有意なリスク低減が認められた。

 ただし、いずれもKaplan-Meier曲線を見ると、追跡20日後までの発生率はE群で高く、前者は50日後前後から、後者では20日後前後に交差したのち、それぞれE群の発生率が低い状態で推移し、両群の乖離が広がっていった。

 安全性については、P値は不明だが重篤な有害事象(E群32.3%、P群43.6%)、治療中止に至った有害事象(同8.5%、12.9%)ともにE群で少なく、エンパグリフロジンは忍容性も良好だった。

 個別には急性腎不全(E群7.7%、P群12.1%)がP群で多く、頻度は低いものの性器感染症(同1.2%、0.4%)はE群で多かった。

 Voors氏によると、体液量減少(E群12.7%、P群10.2%)、低血圧(同10.4%、10.2%)、低血糖確認(同1.9%、1.5%)は両群で同等であり、ケトアシドーシスの報告はなかった。ベースラインから90日後までの体重減少は、プラセボ調整後、E群で平均1.5kg大きかったという。

 eGFRの推移を見ると、E群で早期に約2mL/分/1.73m2減少したものの、30日後には前値に復し、50日後前後にP群を上回り、90日後にはP群を1mL/分/1.73m2程度上回ったが、両群に有意差はなかった(P=0.5714)。

 こうした成績を踏まえ、同氏は「急性心不全による入院患者へのエンパグリフロジン投与は、90日以内に有意な臨床的有用性を示し、死亡、心不全イベントが少なく、QOLの改善、体重減少に優れ、安全性の問題はなかった」と結んだ。

診療を変えるか、一過性のeGFR低下は課題

 指定討論者で米・University of ArizonaのNancy K. Sweitzer氏は、これまで急性非代償性心不全による入院患者の経過に有効性が高い治療はほとんどなかったとしてEMPULSE試験の結果を、「臨床上の重要なギャップを埋め、明らかに診療を変えるものだ」と高く評価。対象には新規発症の心不全も含まれていたが、ベースラインの治療薬にかかわらずエンパグリフロジン投与が等しくベネフィットをもたらした点を指摘し、「この薬剤が迅速に重要な効果を発揮していることを示しており、他のクラスの薬剤が開始され最適化されるまで投与を保留すべきではない」と強調した。

 ただし、腎機能が安定化する前に一過性に悪化している点については、ガイドラインが推奨する他の薬剤の開始や増量は効果的か、両群の退院時処方に相違はあったのか、などを疑問点として挙げた(eGFRの推移は、心血管死/全死亡または初回心不全イベントのKaplan-Meier曲線の推移などと連動しているように見える)。

 視聴者から、サブグループ解析における地域差について質問があったが、Voors氏は「アジアでの登録数は非常に少数であり(解析56例)、信頼区間が極めて広く、交互作用のP値が有意ではなかったことから、偶然の結果と考える」とした。

 また、どの程度早期にエンパグリフロジンの投与を開始できるかについては、血圧への影響はほとんど示されず、腎機能への小規模な影響はあったものの重篤な副作用は見られなかったとして、「入院24時間後以降の投与は安全」との見解を示した。

 なお現在、ダパグリフロジンを用いたDICTATE-AHF(急性心不全で入院した2型糖尿病患者が対象、入院24時間以内に投与開始)、DAPA ACT HF-TIMI68(急性非代償性でLVEFの低下した慢性心不全による入院患者が対象)が進行中で、ここ1~2年で完了の予定だという。

1) Empagliflozin in patients hospitalized for acute heart failure

2) 心不全のQOL評価に用いる。スコアは0(連日厄介な症状がある)~100(過去2週間以内に症状なし)で、高いほど心不全に伴う症状や身体的制限が少なく、5点以上の変動は臨床的に意義があるとされる

(杉田清美)