患者を覚醒状態にし、会話ができる状況で脳機能を確認しながら脳内の病巣を摘出する覚醒下開頭手術。手術による神経症状などの合併症を回避する治療法で、脳腫瘍の摘出手術などで行われる。京都大学大学院精神障害リハビリテーション学研究室教授の稲富宏之氏、同大学脳病態生理学講座脳神経外科学講師の荒川芳輝氏、馬場千夏氏らの研究グループは、覚醒下で神経モニタリングを行う際に握力が覚醒度を評価する有用な指標になりうることを見いだしたと発表した。研究結果の詳細はSci Rep2022; 12: 216) に掲載された。研究グループは「小型の装置で迅速に結果を把握できるため、意識レベルを繰り返し評価するのに役立つ」と期待を寄せている。

求められていた覚醒度の新たな指標

 覚醒下開頭手術を行う場合、手術による合併症を避けるため術中に腫瘍周辺の脳機能についてさまざまなモニタリングが行われる。神経モニタリングは、患者の運動機能、言語機能障害の合併リスクを最小化し、腫瘍を最大限に切除する手法である。正確に行うには、全身麻酔の休止後に患者が素早く覚醒し、その後も良好な覚醒度を維持することが不可欠で、同時に覚醒度の正確な把握が求められる。

 全身麻酔に用いられるプロポフォールの血中濃度(Cp)と脳波などから算出される麻酔深度値モニター(BIS値)は、覚醒度と相関することが報告され、覚醒度の指標として用いられている。しかし、BISには覚醒度の変化が十分検出できない、手術中の測定精度が不十分などの課題があり、新たな指標が求められていた。 

 また術中の神経モニタリングでは、上下肢の運動を観察して運動機能を主観的に評価することが一般的だった。一方、握力は四肢筋力の代表値として知られており、測定が簡便で定量的な運動機能評価に利用できることから、研究グループは握力が覚醒度の指標となりうるかを評価するための前向き観察研究を行った。

握力はBIS値より覚醒度を良好に識別

 対象は、覚醒下開頭手術を受けた脳腫瘍患者23例。平均年齢は49.6歳(範囲17~77歳)で、男性が19例(83%)だった。腫瘍は17例が脳の左半球、6例が右半球にあった。

 研究では、全身麻酔を休止し気管内挿管を抜去してから75分後まで、麻酔薬プロポフォールのCp、BIS値、意識障害判定スケールの1つであるJapan Coma Scale (JCS)を用いて意識レベル(覚醒度)の変化、握力を測定した。握力は脳腫瘍の病巣と同側(健側)と反対側(患側)の両方を測定し、術前との比率を算出した。

 解析の結果、健側握力は麻酔の深さを表すプロポフォールのCp、BIS値、JCSと有意な相関関係を示し、覚醒度の上昇に伴い握力が増大した。JCSの受信者動作特性(ROC曲線)解析では、JCS 0~1と2以上の十分な識別能が示され、健側握力の曲線下面積(AUC)は0.75とBISの0.66より優れ、プロポフォールのCpの0.78に匹敵していた(P<0.001)。なお、患側握力のAUCは0.73だった(P<0.001)。これらの結果から、研究グループは「健側の握力は、BIS値よりも覚醒度を良好に識別する能力を有していることも判明した」と指摘した。

 さらに、握力のカットオフ値を術前の75%にすると、感度は0.76、特異度は0.67であり、握力は覚醒度の優れた指標であり、運動および言語機能をモニタリングして、十分な意識レベルに達したか否かを判定できることが示された。

 これらの結果を踏まえ、研究グループは「握力を指標として用いることで、覚醒度を鋭敏に捉えて神経モニタリングを行うことができ、脳腫瘍摘出に伴う合併症の回避に役立つと期待される」と総括した。

 また、正確な神経モニタリングには、患者の健側握力が術前の75%まで回復するのを待ち、良好な覚醒状況を確認することが適切であることも示唆された。手術中に患側の運動機能障害が認められた場合に、覚醒度が低いのか、運動麻痺が生じたのかについて判別が困難な場合があるが、今回の研究結果から、健側と患側の握力を比較することで判別できることが分かったという。

左利きを含む大集団での検証が必要

 握力を覚醒度の指標として用いる利点について、研究グループは「小型の装置で、迅速に結果を把握できるので利便性が高い。繰り返し測定が可能なため、連続して意識レベルの評価に役立つ指標となる」と指摘。その上で、「健側握力は意識レベル、患側握力は運動機能をモニタリングするのに利用できる。覚醒下開頭術中に握力を繰り返し測定することで臨床的ベネフィットを提供できる」と結論した。

 研究の限界としては、対象例が限られており、左利きの症例が除外されていたことから「今回の結果を全ての例に適用できるわけではない」とし、「結果を一般化するには、左利き例を含むより大きな集団で検証する必要がある」と付言している。

(小沼紀子)