RASは細胞増殖に関わる蛋白質で、KRAS、NRAS、HRASの3種類がある。これらの遺伝子に変異が起こると、発がんが促進されることが知られている。国立がん研究センター研究所分子病理分野の小林祥久氏と米・Dana-Farber Cancer InstituteのPasi A. Jänne氏らの国際共同研究チームは、KRAS遺伝子変異の1つであるQ61KがRNAへの転写時に異常なスプライシングを起こすと、薬剤耐性が消失することを発見した。さらに、人為的にがん細胞にのみ異常なスプライシングを起こす核酸医薬をデザインし、細胞とマウスで実験した結果、増殖が阻害されたとNature2022年3月2日オンライン版)に報告した。

サイレント変異がKRAS Q61Kに薬剤耐性をもたらす

 さまざまな種類のがんの発生と関連があるとされるRAS遺伝子変異だが、30年以上研究されているにもかかわらず、有効な治療薬として応用された例は少ない。がん患者の約3割にRAS遺伝子の変異が検出されるといわれ、特にKRAS遺伝子変異は膵がん患者の95%以上で確認されたとの報告がある(Nat Rev Drug Discov 2014; 13: 828-851)。昨年(2021年)に米国で、今年は日本で、KRAS G12C変異を起こすがんの増殖を特異的に阻害する薬が承認された。

 小林氏らはまず、発がん作用または薬剤耐性を持つことが知られているKRAS G12C、G12D、Q61K、A146T変異を、肺がん細胞株のKRAS遺伝子上に生じさせた。すると、意外なことにKRAS Q61Kだけは薬剤耐性を引き起こさなかった。そこで詳細な解析を行うと、Q61Kのすぐ隣のG60にサイレント変異(G60G)を伴った場合にのみ、薬剤耐性を生じることが判明した。サイレント変異は、塩基は変わるがアミノ酸配列は変わらないDNA変異であり、これまであまり注目されてこなかった。

スプライシングを誘導してがん細胞の増殖を抑制

 さらに検討を行った結果、薬剤耐性を起こさなかったKRAS Q61K(G60Gサイレント変異なし)には異常なスプライシングが起きていること、また、これによって①エクソン3のうち112塩基がスキッピングしたアイソフォーム、②エクソン3全体がスキッピングしたアイソフォーム―の2種類の転写物が存在することを確認した。

 そして①の異常なスプライシングからがん細胞が自己を守るためにG60Gサイレント変異が生じること、KRAS Q61付近の領域は②のスプライシングに対して脆弱であることも明らかになった。

 これらの結果から小林氏らは、人為的に異常なスプライシングを誘導することで、がん細胞の増殖を抑制する治療戦略を考案。KRAS Q61変異のあるpre-mRNA配列に対して特異的に結合するように核酸医薬をデザインし()、細胞実験とマウス実験で、その効果を確認したという。

図. 新しい核酸医薬のデザイン

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(国立がん研究センタープレスリリースより引用)

 同氏らは、変異のあるがん細胞だけを特異的に攻撃できれば、正常細胞に結合しないため副作用の軽減が期待できるとしている。さらに、「スプライシングに対して脆弱な領域の発見は、RAS以外の遺伝子にも応用できる可能性がある」と述べた。

(平吉里奈)