慶應義塾大学外科学教室専任講師の林田哲氏らは、SNSツールであるLINEにより乳がん患者の健康状態や薬物の副作用情報を電子情報機器を用いて効率的に収集するelectric PROS(ePRO)*1の取得システムを開発し、運用を開始したと発表した。研究成果の詳細はCancer Sci2022年3月12日オンライン版)に掲載された。

ePROシステムの開発が相次ぐもがん診療での利活用の報告はない

 がん薬物療法の進歩に伴う患者予後の著明な改善を受け、重篤な副作用を予防しながら質の高い生活と治療を両立し、安全に治療を継続することがより重要視されている。

 しかし、がん専門医が限られた診察時間の中で、全ての薬物療法患者の症状を把握することは不可能である。そのため、近年では医療者による評価だけではなく、患者自身が症状を主観的に評価する患者報告アウトカム(PRO)の導入が欧米を中心に盛んに試みられている。

 日本においてもスマートフォンやタブレット端末などを用いてPROを収集するePROシステムが開発されており、幾つかの事例が散見される。しかし、PROを収集するには患者の専用アプリ操作への習熟を要し、高齢患者などでは使用が難しかった。そのため日本国内ではePROが患者に受け入れられ、がん診療に活用可能かを検討した研究報告はなかった。

LINEの操作性がもたらす極めて高い質問回答率

 LINEは日本国内で9,000万人以上が使用しており(2021年12月時点)、幅広い世代が日常的に使用しているため、特別な操作の習熟の必要がなく、アプリの起動頻度も高いと考えられた。研究グループは、LINEをクライアントアプリとするePRO収集システムを開発。薬物療法を受けている乳がん患者を対象に、利用の継続性や患者情報が効率的に取得可能であるかを検討するフィージビリティ試験(適格性を検討する試験)を実施した。

 試験では、患者のLINEに、がん治療薬の副作用重症度の国際的指標であるPRO-CTCAE*2に準拠した形式の質問を定期的に送信。患者は簡単なタップ操作により回答した。

 質問の例として、内分泌治療を行っている患者には、「痛み」「関節痛」「便秘」「下痢」「火照り」「発汗」「倦怠感」「痺れ」「不安」「不眠」という10項目を送信。それぞれに対して、患者はあらかじめ用意された回答をタップ操作で選び、毎日の副作用症状をPROに記録する仕組みだ(図1)。

図1. ePRO取得システムの質問と回答例

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 試験には、乳がん患者73例が参加、中央値で435日の観察期間中に1万6,417件の回答を得た。1例当たりの平均回答数は224.9件で、そのうち65.2件(29%)に副作用症状の報告が認められた。また、60歳以上の参加者の平均回答数は300件を超え、49歳以下の参加者からの回答数と比べ有意に多かった。これらから、年齢を問わずLINEを用いたePRO収集システムが患者に受け入れられていることが示された(図2)。

図2. 世代別に見た1人当たりのPRO回答数と観察期間中央値

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 質問に対する全体の回答率は95.5%に上り、海外で行われた同様の臨床研究における回答率が68~75%程度であったことを考慮すると、極めて高かった。この結果について、林田氏らは「日常的に利用しているLINEアプリを使用したシステムの優位性が示された」と考察している。

 また同氏らは、ドセタキセルを3週間隔で静注している患者の副作用症状について、1サイクル目と4サイクル目で比較検討した。その結果、各症状の重症度(グレード0~4)の推移が明確に確認でき、治療の方向性を検証することができたという(図3)。

図3. ドセタキセル3週間隔投与患者における症状の変化(1サイクル目と4サイクル目の比較)

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(図1~3ともに慶應義塾大学プレスリリースより)

毎日の副作用症状をリアルタイムにモニタリングすることが重要

 これらの結果から、林田氏らは「LINEを用いたePRO取得システムにより毎日の副作用症状をモニタリングすることで、幅広い年齢層の乳がん患者において抗がん薬の重篤な副作用の発現を未然に把握するなど、より安全・安心な新しい形での医療を提供できる可能性が示された」と考察している。

 同氏らによると、乳がんに対する薬物療法の副作用を抑え、QOLの改善に寄与するかを検討するePROのランダム化比較試験を既に開始したという。

 なお、同システムの開発・整備は、塩野義製薬の資金提供を受けて行われ、臨床試験は内閣府の戦略的イノベーション創造プログラムおよび日本学術振興会科研費の支援の下に実施された。

(小野寺尊允)

*1 従来紙ベースで収集していたPROをデジタルデバイスを用いて収集すること

*2 Patient-Reported Outcomes version of the Common Terminology Criteria for Adverse Events:米国立がん研究所(NCI)が開発した、患者の自己評価に基づき薬剤による有害事象を測定するツール