信州大学小児医学教室教授の中沢洋三氏、同大学遺伝子・細胞治療研究開発センター教授の柳生茂希氏らの研究グループは、HER2陽性の再発・進行骨・軟部肉腫と婦人科悪性腫瘍患者を対象としたキメラ抗原受容体遺伝子改変自家T細胞(CAR-T)療法の医師主導治験第2弾を開始すると発表した。試験期間は3年を予定している。

有効性の高い治療法が切望されている

 HER2は細胞の増殖、分化、生存、代謝などに関わる受容体型チロシンキナーゼの1つで、骨・軟部肉腫の16~60%に発現する。婦人科悪性腫瘍においても、子宮体がんの18~80%、子宮頸がんの21%、卵巣がんの27%に発現することが知られており、外陰がんおよび腟がんにおいてもHER2の高発現や遺伝子増幅が報告されている。

 再発・転移性骨肉腫患者の5年生存率は、この30年間20~30%で改善が見られず、軟部肉腫は化学療法抵抗性の症例が多く進行・再発例の予後は不良である。同様に婦人科悪性腫瘍でも、標準治療が確立されていない、予後不良、再発率が高いなどの課題があり、既存の治療法に代わる有効性の高い治療法の開発が切望されている。

 CAR-T療法はがん患者から採取したT細胞を腫瘍反応性を有するように遺伝子改変し、患者の体内に戻す治療法。がん細胞の表面に発現している特定の抗原を認識、結合して攻撃する。従来の抗がん薬より高い抗腫瘍効果を有する次世代のがん治療法として期待されている。

 日本では血液腫瘍において再発または難治性のB細胞リンパ腫(急性リンパ芽球性白血病悪性リンパ腫)および多発性骨髄腫を適応とする4製品のCAR-T療法が承認されている。一方、固形腫瘍においては、世界中で多数のがん種を対象に複数のCAR-T療法の臨床試験が進められているが、薬事承認に至った製品はない。

GMR CAR-T療法の開発

 これまで薬事承認されたCAR-T細胞は全て、ウイルスベクターを用いた製法(ウイルス法)で製造されている。中沢氏らは、2007年に非ウイルスベクターを用いた安全かつ安価で効率的なCAR-T細胞の製造法(piggyBac法)を開発した。2021年には世界で初めて、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)受容体を標的とするCD116陽性骨髄系腫瘍(急性骨髄性白血病と若年性骨髄単球性白血病)が対象の非ウイルス遺伝子改変CAR-T(GMR CAR-T)療法のヒト初回投与医師主導治験を開始した。

 同氏らは2016年に固形腫瘍に対するGMR CAR-T療法の開発に着手。piggyBac法で作製したCAR-T細胞はウイルス法よりも分化早期の増殖能が高く、免疫疲弊が生じていない幹細胞様メモリーT細胞(stem cell memory;Tscm)が多く含まれる。そのため効果の持続性に優れ、固形腫瘍にも有効であることをヒト細胞や動物を用いた実験で明らかにした(Mol Ther Methods Clin Dev 2021; 21: 315-324Mol Ther Oncolytics 2021; 20: 646-658Cancer Sci 2021;112: 4026-4036)。

HER2 CAR-T療法の開発

 HER2は多くの固形がんに発現するため治療標的とされる。HER2を高発現する乳がんおよび胃がん対して、複数の抗HER2抗体が承認されている。しかし、これらの抗体薬はHER2低発現がんに対する効果が十分でなく、乳がん胃がん以外のがん種への承認は得られていない。

 中沢氏は米・ベイラー医科大学留学中に、HER2 CAR-T療法がHER2低発現の脳腫瘍に対しても良好な抗腫瘍効果を発揮することを報告している(Mol Ther 2011; 12: 2133-2143)。この結果を踏まえ、同大学ではレトロウイルス遺伝子改変HER2 CAR-T細胞の第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験を実施、骨・軟部肉腫および悪性神経膠腫患者における良好な忍容性と有効性が確認されている(J Clin Oncol 2015; 33: 1688-1696JAMA Oncol 2017; 3: 1094-1101Nat Commn 2020; 11: 3549)。

 そこで同氏と柳生氏は、piggyBac法によるTscmを多く含むCAR-T細胞製造技術と米国のHER2 CAR-T療法の臨床成果を組み合わせることで、より有効性の高いHER2 CAR-T療法が実現できると考え、2019年にブライトパス・バイオと共同で、piggyBac遺伝子改変HER2 CAR-T療法の研究開発に着手した。

 その結果、piggyBac遺伝子改変法と効果的な培養法を組み合わせた、独自のHER2 CAR-T細胞(BP2301)の作製に成功した(Mol Ther Methods Clin Dev 2021;21: 315-324)。

piggyBac遺伝子改変HER2 CAR-T療法の特徴

 piggyBac遺伝子改変HER2 CAR-T療法には、①キメラ抗原受容体(CAR)を高発現し豊富なTscmを含み、疲弊マーカー(PD-1)はほとんど発現しない、②レトロウイルス遺伝子改変HER2 CAR-T療法よりも高い抗腫瘍活性を有する、③骨肉腫、横紋筋肉腫、ユーイング肉腫、滑膜肉腫、トリプルネガティブ乳がん卵巣がんなどの広範ながん種に対して抗腫瘍効果を誘導(図1)、④担がん(肉腫)マウスモデルにおいて持続的な抗腫瘍効果を発揮(図2)―といった特徴がある。

図1. 広範ながん種に対する優れた抗腫瘍効果

使用図1. 広範ながん種に対する優れた抗腫瘍効果000097721.png

図2. 担がん(肉腫)マウスモデルにおける持続的な抗腫瘍効果

使用図2.png

(図1、2とも信州大学プレスリリースより)

最大12例に実施、5年間の観察で長期安全性も検討

 今回の治験では、信州大学病院小児科、産科婦人科、整形外科で標準治療に不応・不耐または標準治療後に進行・再発した難治性の骨・軟部肉腫および婦人科悪性腫瘍患者を登録。最大12例の患者(1コホート当たり最大6例の評価)を対象とする第Ⅰ相臨床試験として、遺伝子改変HER2 CAR-T細胞(BP2301)を輸注する。

 主要評価項目は各用量における用量制限毒性(DLT)の発現率、副次評価項目は、有害事象の発現状況、CAR-T療法の抗腫瘍効果(RECIST ver.1.1、iRECISTに基づく奏効率と病勢コントロール率)。試験期間は3年(2022年5月~25年4月)を予定しており、5年間の観察により長期安全性を評価する。

 探索的評価項目は、CAR-T細胞の体内動態と血中サイトカイン濃度。投与量については用量漸増とし、第1用量(低用量 8.3×105cells/kg)、第2用量(高用量 2.7×106cells/kg)を投与する。ただし、体重による計算投与量が1.6×108/body以上となる場合は、1.6×108/bodyとする。

 中沢氏らは「HER2 CAR-T療法の安全性が確認され有効性も期待できる場合は、企業治験に橋渡しして承認を目指す。また、独自に開発した非ウイルスベクター製法により、簡便かつ低コストで高性能なCAR-T細胞製造が可能となるため、産学官連携を通じて国内の医療産業振興に貢献できる」と期待を寄せている。

(小野寺尊允)