徳島大学特命教授の梶龍兒氏と同大学大学院臨床神経科学分野教授の和泉唯信氏らの研究グループは、発症早期の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者を対象に、活性型ビタミンB12であるメチルコバラミン(末梢神経障害などで承認されているメコバラミンと同一成分)の超高用量(メコバラミンとしての承認用量の100倍)投与の有効性および安全性を検討する第Ⅲ相ランダム化比較試験(RCT)JETALSを実施。ALS症状の進行抑制と生存期間の延長をもたらし、16週間の投与期間中に薬剤に関連する重篤な有害事象は見られなかったとの結果を、JAMA Neurology(2022年5月9日オンライン版)に発表した。
ALS治療薬としての可能性に注目
ALSは運動ニューロンが変性して筋萎縮と筋力低下を来す進行性の疾患で、 個人差はあるものの発症後2~5年で死亡または人工呼吸器装着に至る。治療には、2種類の薬剤が使用されている。1999年に保険収載された内服薬のリルゾールと2015年に保険収載された点滴薬のエダラボンだ。リルゾールは症状の進行に対する抑制効果は明確でないものの、生存期間が約90日延長することが示されている一方で、エダラボンはALS機能評価スケールを改善するが生存期間への影響は確定しておらず、いずれも効果は限定的とされる。そのため、新たな治療薬の開発が求められていた。
研究グループは、マウスを用いた研究でメチルコバラミンには神経保護作用があること(J Neurol Sci 2015; 354: 70-74)、ALS患者12例を対象としたパイロットスタディで超高用量メチルコバラミンが複合筋活動電位を改善すること(Muscle Nerve 1998; 21: 1775-1778)を突き止めていた。
その後、2006~14年には、発症後3年以内の日本人ALS患者373例を対象にプラセボ対照の第Ⅱ/Ⅲ相RCTを実施。メコバラミンとしての承認用量(1回500㎍)の50~100倍量である1回25mgおよび50mgの週2回筋肉内投与の安全性は高いものの、症状改善や延命効果にプラセボ群と有意差は認められなかった(J Neurol Neurosurg Psychiatry 2019; 90: 451-457)。
しかし事後解析において、発症早期(発症1年未満)の患者集団では、メチルコバラミン50mgの週2回投与により症状の進行抑制と生存期間の延長が見られることが判明。研究グループはこの結果に着目し、2017年10月17日~19年9月30日に、発症1年以内に登録した20歳以上のALS患者を対象として、超高用量メチルコバラミンの有効性と安全性を検証する医師主導第Ⅲ相試験を実施した。
治療開始16週後のALSFRS-R総スコアの低下を43%抑制
同試験は、観察期(12週間)、治療期(16週間)、継続投与期(実薬投与期:2020年3月まで)の3期で構成。観察期間中に日常生活の評価尺度であるALS機能評価スケール改訂版(ALSFRS-R)スコアが1~2点低下した患者130例(平均年齢61.0±11.7歳、男性56.9%)が治療期に進み、超高用量メチルコバラミン群(65例)とプラセボ群(65例)に1:1に割り付け、50mgを16週にわたり週2回筋肉注射し、有効性と安全性を比較した。治療期間中にリルゾールの併用が許可された。
主要評価項目は、Full Analysis Set(FAS)解析による治療開始から16週後におけるALSFRS-Rスコア合計点の変化量とした。129例(プラセボ群の1例を除外)が解析対象とされ、126例が治療期間を完了。このうち124例が非盲検の継続投与期間へと進んだ。
解析の結果 、治療開始から16週後のALSFRS-Rスコア合計点の最小二乗平均差は、プラセボ群と比べて超高用量メチルコバラミン群で1.97ポイント高く(-4.63 vs. -2.66、95%CI0.44~3.50、P=0.01)。超高用量メチルコバラミン群では、プラセボ群と比べて治療開始から16週後のALSFRS-R合計点数の低下を43%抑制する効果が示された。解析対象の9割に当たる116例にリルゾールが併用投与されていたが、プラセボ単独群と比べ、超高用量メチルコバラミン群では16週後のALSFRS-Rスコア合計点の低下を45%抑制し、有意に症状進行が抑えられていた。なお、治療期間中に非侵襲的呼吸補助装置の終日装着、侵襲的呼吸補助装置の装着または死亡例の報告はなかった。
有害事象の発現頻度にプラセボ群と差なし
有害事象の発現率は、超高用量メチルコバラミン群62%(65例中40例)、プラセボ群66%(64例中42例)と両群に差は見られず、16週間投与における高い安全性が示された。重篤なイベントが3例(超高用量メチルコバラミン群1例、プラセボ2例)に発生したが、いずれも治験薬との関連は認められなかった。
発現頻度が5%以上の有害事象は、多い順に、挫傷(超高用量メチルコバラミン群8%、プラセボ群11%)、鼻咽頭炎(同6%、11%)、腰痛(同5%、6%)、便秘(同5%、6%)、転倒(同6%、3%)、不眠症(同2%、6%)だった。
研究グループは、先述の第Ⅱ/Ⅲ相試験の事後解析でも、超高用量メチルコバラミンによる治療開始から16週後のASLFRS-R総スコア低下の抑制率が約45%だったことが示されており、今回の結果とほぼ同程度だったと指摘。「これまでに行った臨床試験の結果から、発症早期のALS患者に対する高用量メチルコバラミン投与は、リルゾールよりも生存期間の延長が期待され、またエダラボンと比べより症状の進行抑制効果が示された画期的なALS治療薬として期待される」と述べている。
なお今回の結果を受け、メコバラミンの製造販売元であるエーザイは承認申請に向けた作業を開始したと発表した(2022年3月に希少疾病用医薬品指定申請済み)。
(小谷明美)