東京大学病院22世紀医療センター運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座特任教授の松平浩氏らは、働く世代の慢性腰痛患者に対しリモートで運動療法を行えるモバイルアプリの有効性を検討する非盲検ランダム化並行群間試験を実施。痛みを緩和するための薬物治療を含む通常診療を受診した患者と比べ、通常診療に加え患者教育と運動療法を組み合わせたプログラムをモバイルアプリで実施した患者では慢性腰痛が改善したことをJMIR Mhealth Uhealth(2022; 10: e35867)に発表した。
運動療法は有効だが継続が課題
日本人における腰痛の生涯有病率は8割を超え、慢性腰痛に伴う生活や仕事への支障は、働き盛りの年齢層で最も高くなる。その結果、欠勤に起因する生産性損失(アブセンティーズム)および症状を抱えながら出勤し、業務遂行能力や労働生産性が低下(プレゼンティーズム)の解消が社会課題となっている。
慢性腰痛に患者教育と運動療法が有用とされるがその方法は確立されておらず、運動療法が継続しにくいことも課題となっている。 そこで松平氏らは今回、慢性腰痛における患者教育と運動療法の提供方法および運動療法を継続させる方法の確立を目指し、患者教育と運動療法を組み合わせたプログラム(バーチャルパーソナルアシスタントシステム)を開発。薬物治療を含む通常診療を受けている働く世代の慢性腰痛患者を対象に、有用性を評価した。
99例を対象に12週後の労働生産性などを比較
対象は、地域の医療機関16施設に通院中の慢性腰痛患者99例で、通常診療のみを継続する患者群(通常診療群、51例)、通常診療に加えモバイルアプリによる患者教育と運動療法を併用する群(運動療法強化群、48例)に1:1で割り付けた。
モバイルアプリによる患者教育と運動療法の提供には、モバイルガイドサービス「se・ca・ide」を用いた。人工知能(AI)のキャラクターがチャット形式でガイドすることで患者に継続利用を促すもので、運動の指示と慢性腰痛の症状を改善するために日常生活でできるヒントを含むメッセージをSNSで送信するようプログラムされている。毎日1~3分間程度の運動療法メニューをオリジナルの患者教育ツールとともに12週間提供し、運動の継続性や慢性腰痛の改善を評価した。
主要評価項目はQuantity and Quality (QQ) 法で評価した12週時の労働生産性、副次評価項目として、慢性腰痛の改善、運動の遵守率などを評価した。
運動療法強化群と通常診療群の主な患者背景は、平均年齢がそれぞれ47.9歳、46.9歳、男性が56%、55%、BMIは24.42、23.39、慢性腰痛の罹患歴は半年未満が6%、10%、半年~1年が6%、12%、1年以上が88%、78%、運動習慣はありが29%、37%、なしが29%、37%、ときどきが42%、25%、運動療法が腰痛に効果があると期待しているのはともに88%などであった。
主要評価項目に有意差なしも、腰痛やQOLは有意に改善
研究は、2020年6月~21年3月に実施。運動療法強化群におけるアプリプログラムの遵守率は0~4週が77%、4~8週が65%、8~12週が67%だった。
解析の結果、主要評価項目の12週時における労働生産性の変化は、通常診療群の0.114〔標準誤差(SE)0.069〕に対し、運動療法強化群では0.062(同0.069)と有意差は認められなかった(群間差−0.053、95%CI −0.184~0.079、P=0.43)。
一方、12週後の腰痛の主観的重症度(運動療法強化群3.2 vs. 従来診療群3.8、群間差 −0.5、95%CI −1.1~0.0、P=0.04)、慢性腰痛患者が伴うことの多い運動恐怖(同−2.3 vs. 0.5、−2.8、−5.5~−0.1、P=0.04)、健康関連QOLのEuroQ5 Dimensions 5 Level(同0.068 vs. 0.006、0.061、0.008~0.114、P=0.03)は、いずれも運動療法強化群で有意な改善が見られた。 運動療法について、規定した割合(対象期間の75%)を超えて運動を実施した参加者は50%以上とアドヒアランスが良好だった(図)。
図. 運動療法の実施状況
事後解析では、12週の試験期間中、運動達成率が75%未満の参加者または通常診療群と比べ、75%以上の参加者では労働生産性、痛みの程度を示すNumerical Rating Scale(NRS)、慢性腰痛によって日常生活が障害される程度を示すRoland-Morris Disability Questionnaire (RDQ)-24の改善が示された(表)。
表. 12週時における運動療法コンプライアンスごとのベースラインからの労働生産性、慢性腰痛およびQOLの変化量
(図、表とも東京大学プレスリリース)
以上を踏まえ、松平氏は「モバイルアプリを通じ患者教育と運動療法をセットにしたプログラムを提供することで、継続が困難とされていた運動療法をリモート環境で習慣化させることができ、慢性腰痛の改善やQOL向上が見られた。リモートで提供する簡易なアプリプログラムの有効性が確認できたことにより、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の影響下においてニーズが拡大したオンライン診療との連携が期待でき、またセルフケアを充実させることによる医療費の削減にも寄与する可能性がある」と述べている。
(編集部)