哺乳類の多くは陰囊により精巣を適温に保っているが、精巣の温度が上昇すると精子形成が障害され、男性不妊をもたらす一因となる。基礎生物学研究所生殖細胞分野の平野高大氏らの研究グループは、モデルマウス精巣を体外培養し精子形成の段階ごとに温度感受性を検討。その結果、複数の段階で温度依存性に対数や減数分裂の異常が生じ、段階細胞死を引き起こすことが分かったとCommun Biol2022; 5: 504)に発表した(関連記事「妊活男性はボクサータイプの下着着用を」)。

精密な温度コントロールにより外部要因を検討

 哺乳類が造精能を維持する上では、体温より2~3℃低い温度が適温とされる。そのため、多くの哺乳類の精巣は体幹の深部で発生後、熱放散によって体深部より約2~6℃低く保たれている陰囊に降下する。精巣が正常に降下しない停留精巣例や、精巣を高温の体深部に引き上げる人工停留精巣マウスで精子形成が阻害されるのは、精巣温度の上昇が原因と考えられている(図1)。また、精巣静脈瘤や生活習慣に伴う精巣温度の上昇も、精子形成を障害することが指摘されている。

図1. 人工停留精巣に見られる精子形成障害

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 これまで、複数の動物実験により精子形成の温度感受性が検討されている。しかし、その多くは人工停留精巣モデルや陰囊を温浴に浸して精巣温度を上昇させるものであり、精巣温度の正確な測定や温度の調節は困難であった。さらに、生体を用いると内分泌系や神経系などの外部要因が排除できないという課題もあった。

 そこで研究グループは、独自開発した精巣の体外培養法を用い、温度だけを精密に変化させ精子形成に及ぼす影響を評価した。精子形成は、体細胞分裂を行う精原細胞、減数分裂を行う精母細胞、半数体で精子へと形を変える精子細胞の段階に大きく分けられる。

 そのマウスの精巣を様々な温度で培養した結果、①37~38℃では減数分裂の進行(パキテン後期への移行)、②36~37℃では減数分裂の完了、③35~36℃では精子細胞の成熟―が、それぞれ障害された。なお、40℃では生殖細胞が全く観察されなかった(図2)。

図2. 精巣の体外培養で明らかになった精子形成の温度感受性

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 これらから、精巣温度の上昇は単独で精子形成障害の原因になる、複数の温度感受性段階が存在する、わずか1℃の違いで障害を受ける段階が異なる―ことが明らかになった。いずれの現象も体外培養法を用いることで初めて発見できたという。

低温でつくられた精子だけが次世代を形成

 さらに研究グループは減数分裂の異常を詳しく調査した。34℃で培養した際は正常に進行したが、37~38℃ では二重鎖切断が十分に修復されず、全く対合できない染色体(細い糸状の構造)または相同でない染色体(不規則な枝分かれ構造)との対合が見られた。このような細胞は、異常な細胞を監視して排除する機序(減数分裂期チェックポイント)により細胞死を起こしていた(図3)。

図3. 37~38℃で観察された減数分裂の異常

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(図1~3とも横浜市立大学プレスリリースより)

 これらの結果から、精巣を低温に保つ陰嚢と高温で傷んだ細胞を除去するチェックポイントの働きによって、正常な染色体分配をした精子だけが次世代を形成していることが分かった。以上を踏まえ、研究グループは、「精巣の体外培養法を活用することで、精子形成が緻密な多段階の温度感受性を持つことを明らかにした」と結論。「今回の知見を基に精子形成の温度感受性に関する研究が進展し、男性不妊治療などへの応用が期待される」と展望している。

(小野寺尊允)