がんの個別化医療では、がん遺伝子パネル検査を用いて遺伝子異常を検出、その結果に基づき分子標的治療の可否を決定する。しかし遺伝子検査の所要期間が3~6週間と長く、がんの精密医療では迅速な意思決定が不可欠なことから期間の短縮が求められている。横浜市立大学大学院分子病理学主任教授の藤井誠志氏らの研究グループは、Genomedia社などとの共同研究により、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を施した大腸がんの病理組織像からがんの遺伝子異常を検出する、高性能な検出器の作製に成功したとClin Cancer Res2022年4月25日オンライン版)に発表した。

深層学習を用いたスクリーニングシステム

 がんの病理形態学的特徴は遺伝子異常、エピゲノム変化などにより決定され、病理組織像のみでの遺伝子異常の検出は困難で、遺伝子パネル検査の所要期間は3~6週間と長いなどの問題があった。そこで藤井氏らは、これまでに集積された病理組織像と遺伝子異常・エピゲノム変化を紐付けたデータを用い、ディープラーニング(深層学習)の手法による遺伝子異常検出システムの開発に着手した。

 同氏らは、産学連携全国ゲノムスクリーニングプロジェクトであるSCRUM-Japanの1つGI-SCREEN-Japan(現MONSTAR-SCREEN)のコホートから、BRAFV600E変異やマイクロサテライト不安定性(MSI)に関する次世代シークエンス(NGS)データが存在する大腸がん患者1,657例の病理組織画像(患者1例に対して1画像)を入手。探索的コホート(986画像)と検証コホート1(248画像)、2(423画像)に分けた。

 まず病理医がHE染色像を目視で観察。遺伝子異常に関連する病理組織学的特徴について、①従来の病理組織学的診断に用いるもの、②遺伝子異常との関連が示唆されているもの、③全く新規で従来の病理組織学的診断には用いられないもの-を選抜した。

 次に、1人の病理医が病理組織像における33個の病理組織学的特徴について約105万に及ぶアノテーション(ラベル付け)を高精度で行い、第一段階のがんの病理形態学的特徴を予測するモデルを構築。その後、検出器を用いて画像を分類し、得られた病理組織像の組み合わせに対して、深層学習を使用して遺伝子異常を予測するモデルを構築、検出器を作製した(図1)。

図1. 遺伝子異常検出アルゴリズム作成のアプローチ

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Clin Cancer Res、2022年4月25日オンライン版より改変)

高精度の検出能を示す

 受信者動作特性(ROC)解析の結果、33個の病理組織学的特徴のうち、12個と27個の特徴に対する曲線下面積(AUC)がそれぞれ0.90超、0.80超を達成した。次に、検証コホートを用いてBRAF阻害薬および免疫チェックポイント阻害薬使用の適応判断バイオマーカーであるBRAFV600Eおよび高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)に対する検出能を評価した。その結果、いずれの検証コホートにおいても高精度に遺伝子異常を検出した(図2)。

 この成績は特異的な遺伝子異常を持つ結腸や直腸がん患者においても、最適な治療を選択する上で有用なスクリーニングツールである可能性を示している。

図2. BRAFV600EおよびMSI-Hの病理学的特徴とAUCの関係

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Clin Cancer Res、2022年4月25日オンライン版より改変)

 病理組織像から遺伝子異常を検出するこのスクリーニングシステムを研究グループでは「Virtual Sequencing(VSQ)」と命名した(図3)。

図3. Virtual Sequencingの概要

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(図1~3とも横浜市立大学プレスリリースより)

 以上を踏まえ、藤井氏らは「遺伝子パネル検査など従来の検査を行う前に遺伝子異常を予測できるVSQは、大腸がんなどに対する治療戦略の迅速な決定への利活用が期待される。病理学の面からは、病理医とAIの協働により可能となる次世代病理学の創生を目指す」と述べている。

(小野寺尊允)