原発性腋窩多汗症いわゆる脇汗は、多量の発汗による衣服の染みやにおいが気になるなど、日常生活に支障を来しQOLの低下を招く。国内の患者数は約530万人、経済的損失は年間3兆円を超すと推計される(J Dermatol 2021 ;48:1482-1490)。2020年には新たに外用抗コリン薬が世界に先駆けて日本で承認されるなど、原発性腋窩多汗症の治療選択肢は広がっている。6月7日に科研製薬が開催したセミナーで、池袋ふくろうクリニック(東京都)院長の藤本智子氏は、同疾患の最新の治療法を解説。また、同社が重症の原発性腋窩多汗症の人を対象に実施した意識・実態調査結果から、受診率は1割未満と極めて低いことなどが示されたと報告した。
発汗量は診断基準に含まれず
多汗症は体温調節を行うエクリン汗腺の亢進により、過剰な発汗を来す疾患だ。全身性と体の一部(腋窩、手掌、頭部、顔面、足裏)に限定される局所性に大別され、原因不明の原発性と他の疾患が原因の続発性に分けられる。このうち、腋窩にみられるものを「原発性腋窩多汗症」と呼ぶ。
同疾患は6カ月以上持続することに加え、①25歳以下で発症、②睡眠中の発汗がない、③両側性かつ左右対称性、④週1回以上の多汗経験がある、⑤家族歴がある、⑥日常生活に支障を来す―のうち2項目以上を満たすことが診断基準となる。
保険適用の外用抗コリン薬が登場
藤本氏は原発性腋窩多汗症の治療について、2020年に世界に先駆け日本で承認・発売された外用抗コリン薬ソフピロニウムを紹介(2022年にはグリコピロニウムも承認)。同薬は、全身性副作用のリスクや皮膚への刺激が弱いことから、利便性の高い治療選択肢として期待されている。それに対し、既存の治療法として、同氏は塩化アルミニウム溶液を挙げた。多汗症に対する保険適応ではないものの、年齢を問わず使用でき安価というメリットがある。ただし、院内製剤の取り扱いであり、半数以上の患者に接触皮膚炎が生じるとの報告もある。刺激を減らすためには、数日間隔での使用や、精製水で希釈するなどの工夫が必要だという。
また重症例では、A型ボツリヌス毒素製剤の使用が選択肢に挙げられる。治療時間が5~10分で済み、効果の持続期間は平均半年と有効性が高い反面、侵襲性が高く、保険適応の判断は各施設で異なる。同製剤で効果不十分な場合は、内服抗コリン薬の併用も選択肢となる。同薬について、同氏は「安価(保険適用)だが眠気が生じる他、口や眼が乾く、顔が火照るなどの副作用もある。連用には慎重な判断が必要だ」と指摘した。
さらに同氏は、原発性腋窩多汗症の外科的治療として、交感神経を外科的に切除する交感神経遮断術についても紹介。「侵襲性が高く、代償性発汗が起こる場合もあるので、信頼できる医師からメリットとデメリットの説明を受け、納得して治療を受けることが大切」と述べた。
15人に1人が希望の職を断念
藤本氏は、日常的に脇汗に悩み、重症の原発性腋窩多汗症〔多汗症重症度尺度(HDSS)グレード3以上かつ先述の判断基準で2項目以上該当〕に該当する608人を対象に行った「ワキの多汗症に関する意識・実態調査」の結果についても紹介。同調査によると、約8割が「洋服を購入する際に汗が目立たない服を選んでしまう」、約7割が「異性と接するときに気になる」、約6割が「吊革につかまるのをためらう」と回答。患者は日常生活に制限が生じ、患者のQOLが大きく低下している実態が明らかになった。また、15人に1人が「疾患が原因で、希望の職種・職業を断念した経験がある」と回答。職業選択への影響も示唆された。
さらに64%が「治療したい」と回答する一方で、実際に「医療機関を受診したことがある」と回答した人は9.5%にとどまった。脇汗が気になり始めた時期は約6割が「中高生」や「新社会人」と回答するなど多感な時期が多く、恥ずかしさやためらいから受診できていないのが実情だ。加えて、疾患および症状、疾患による日常生活への負担やストレスに関し、「周囲の理解が得られていない」と回答した人はいずれも4割を超えるなど、認知度の低さも明らかになった。
サイレント・ハンディキャップを解消したい
これらの結果を踏まえ、藤本氏は「調査から、治療を望む潜在的な患者の多さが浮き彫りになった。医療者は受診しやすい環境を整え、適切な治療選択肢を示していくことが大切だ」とまとめた。また同セミナーでは、日本初の患者会を発足したNPO法人多汗症グループ代表の黒沢希氏らも登壇。同氏は自らの経験を踏まえ「多汗症患者は、周囲の理解が得られにくいサイレント・ハンディキャップを抱えている。一般の認知率を上げ、気軽に治療できる社会にしていきたい」と述べた。
(植松玲奈)