長崎大学大学院感染分子解析学分野教授の西田教行氏らは6月9日、医学部・歯学部で毎年行われる人体解剖実習に用いるために提供された遺体に対し、プリオンのスクリーニング検査を実施したところ、プリオン病の未診断例を世界で初めて発見したと報告した。研究内容の詳細はN Engl J Med(2022; 386: 2245-2246)に掲載されている。
致死率100%の希少疾患
プリオンと呼ばれる感染性蛋白質を病原体とするヒトでのプリオン病は、これまでに狂牛病(ウシのプリオン病)のように食肉を介した感染例や、医療行為(硬膜移植手術など)による感染例が報告されている。
しかし、その多くは加齢に伴い自然発生的に発症し、急速に認知症が進行する孤発性プリオン病と呼ばれるタイプに分類される。人口100万人の都市で年間約2人が発症する程度の極めてまれな疾患だが、致死率は100%であり、「難病の中の難病」とも言われる。
実験動物を用いた研究では、プリオンは発症前から脳組織に蓄積し感染性を有することが示されているが、ヒトでは発症前に他疾患で亡くなった例や発症例であっても診断が困難な例などがあり、その患者数は判然としない。
またプリオンは一般的な滅菌法では不活化されずホルマリンにも抵抗性であるため、遺体にプリオン病未診断例が含まれていた場合、解剖実習に臨む学生やスタッフにはプリオン感染リスクが付きまとう。
そこで西田氏らは解剖実習における安全性の確保を目的として、2020年度から解剖実習前の遺体脳組織におけるプリオンのスクリーニング検査を実施してきた。
なお、検査には高感度のプリオン検出法であるReal Time Quaking Induced Conversion(RT-QuIC)法を用いた。
大脳新皮質に特徴的な空胞病変を多数確認
検査は2020年度に36体、2021年度に39体の遺体を対象に実施。2020年度は全例で陰性だったが、2021年度に1例で陽性反応が認められた。
陽性反応例に対し病理学的解析を実施した結果、大脳新皮質においてプリオン病に特徴的な空胞病変が多数認められ、プリオン病と判定されたという(写真)。
写真. プリオン陽性反応例の病理学的解析結果(ヘマトキシリン・エオジン染色)
(長崎大学プレスリリースより)
今回の検査結果を受け、西田氏らは「ホルマリン処理後であってもRT-QuIC検査の有効性が確認できた。現在、全国では年間約3,000体の遺体が実習に使用されているとみられる。今後は他大学と連携して全国的検査体制を構築し、遺体に含まれるプリオン病未診断例の正確な頻度を明らかにする必要がある」と指摘。「こうした取り組みを通じ、解剖実習の安全性を高めるだけでなく、手術前や臓器提供前にプリオン検査を実施できる環境を整備し、先進医療の安全性向上に寄与したい」と述べている。
(陶山慎晃)