日本では、高齢化の進展に伴い慢性心不全の患者数が増加し続けており、5年生存率は約50%といまだ予後は不良である。そうした中、東京大学病院循環器内科の候聡志氏らの研究グループは、心臓線維芽細胞と心筋細胞の相互作用に着目。マウスのシングルセル(単一細胞)解析を行った結果、心臓線維芽細胞に存在するHtra3遺伝子が心保護因子であること、心筋細胞が分泌する蛋白質IGFBP7が心不全の重症度を予測するバイオマーカーとなりうることを発見したとNat Commun2022; 13: 3275に発表した。

心臓線維芽細胞と心筋細胞間に強い相互作用

 心臓に血液力学的な負荷がかかると、線維芽細胞は活性化され、コラーゲンを分泌して線維化が促進される。逆に、線維芽細胞の増殖抑制は心筋線維化の軽減や、心機能を改善させることが知られている。研究グループはこれまで、慢性的な圧負荷は心筋細胞のDNA損傷の蓄積および、不全心筋細胞へと誘導するp53シグナルの活性化をもたらすことを報告している(Nat Commun 2018; 9: 4435)。

 こうした背景の下、候氏らはシングルセル解析により、マウス心臓内に存在するさまざまな細胞集団の網羅的遺伝子発現解析を実施。マウスの線維芽細胞と心筋細胞に、特に強い相互作用があることを発見した。また、線維芽細胞で特異的に発現している遺伝子として、Htra3を見いだした。

Htra3の欠損で重度の心不全

 次に候氏らは、Htra3を欠損させたKOマウスを作製し、Htra3の機能を解析した。その結果、Htra3 KOマウスでは、圧負荷や心筋梗塞などの負荷を心臓に加えると高度の心拡大、心機能低下を示し、重症心不全を呈することを明らかにした。

 その機序として、①Htra3が本来分解するはずのTGF-βが増えることで線維芽細胞が活性化され線維化を促進する、②TGF-βはNox4の発現を誘導し、酸化ストレスの増加に伴うDNA損傷とp53の活性化を介し心筋細胞が不全化する─ことが示された()。以上から、Htra3は線維芽細胞の恒常性に影響を及ぼす調節役であり、心保護因子であることが示唆された。

図.心臓線維芽細胞がHtra3を介して自身や心筋細胞に影響を及ぼす機序

心臓繊維芽細胞ーのHtraの機序

(日本医療研究開発機構プレスリリースより)

 一方、Htra3を過剰発現させたマウスでは、心不全改善効果が認められた。

IGFBP7が心不全重症度のバイオマーカーに

 さらに候氏らは、心不全によって性質が変化したマウスの心筋細胞は多様な種類の蛋白質を分泌することも見いだしたことから、健常者およびさまざまな重症度の心不全患者で心筋細胞のトランスクリプトームならびに血漿プロテオーム解析を実施。その結果、不全心筋細胞から分泌されるサイトカインであるIGFBP7は、心不全の重症度が高いほど高値を示し、進行性心不全の重症度を予測する高精度なバイオマーカーとなりうることが示された。

 候氏は「今後はIGFBP7の働きを解明し、心不全の発症や進展との関連の詳細を明らかにしたい」と展望している。

(植松玲奈)