アオカビから抽出された世界初の抗生物質ペニシリンに代表されるように、生物由来の物質には疾病治療に有効な作用を持つものが含まれることが知られている。慶應義塾大学大学院理工学研究科の栗澤尚瑛氏ら研究グループは、伊江島(沖縄県伊江村)のサンゴ礁に生息する海洋シアノバクテリアから抗がん薬への応用が期待できる強力な細胞増殖阻害物資イエゾシドを発見したと、6月13日にプレスリリースで発表した。詳細はJ Am Chem Soc(2022年6月8日オンライン版)に報告された。

SERCAの抑制力は2番目の強さ

 研究グループはこれまでも、がんや感染症などの治療に有効な物質を探索しており、沖縄や奄美群島のサンゴ礁海域の海洋シアノバクテリアから4種の筋小胞体カルシウムATPアーゼ(SERCA)阻害薬を発見している。SERCAはカルシウムイオンを小胞体にくみ上げ、小胞体内の濃度を一定に保つ役割を持つ。また、SERCA活性によるカルシウムイオンの動態異常は、がん化との直接的な関連性が指摘されている。

 今回、同グループは伊江島のサンゴ礁で未知の海洋シアノバクテリアLeptochromothrix valpauliaeを発見。含有成分を解析したところ、細胞の増殖を抑制する新規性の高い物質が存在することが判明し、「イエゾシド」と命名した。さらに、イエゾシドの細胞増殖抑制メカニズムを解明するため、ヒトがん細胞パネル(JFCR39)解析を実施。その結果、細胞のがん化に関係するSERCA活性を強力に抑制することが示され、その抑制力は従来最も強力とされるSERCA阻害薬タプシガルギンに次ぐ2番目の強さであることも判明した。

化学合成により大量供給も可能

 一方、イエゾシドの含有量はシアノバクテリア250g中5mgと希少であることから、大量生産法の開発に取り組み、化学合成を達成。これにより、イエゾシドを安定的に供給することが可能になった。

 なお、最も強力なSERCA阻害薬であるタプシガルギンは、イエゾシドの約7倍の抑制力を持つと言われる。ただし、イエゾシドはタプシガルギンよりシンプルな化学構造()であることから、より低コストで合成できると推測される。さらに、化学構造の違いからもタプシガルギンとは異なる部分に結合することでSERCAの働きを抑えると推測され、いずれかに耐性を持つがんが出現した際、他方で代替できる可能性も考えられる。このことから、抗がん薬へのイエゾシドの応用が期待される。

図. 発見されたイエゾシドとSERCA阻害薬タプシガルギン

タプシガルギンとイエゾシド

(慶應義塾大学プレスリリースより)

 栗澤氏は「SERCA阻害薬は自然界であまり見つからないにもかかわらず、沖縄・奄美のサンゴ礁海域では4種の物質が発見されている。なぜ海洋シアノバクテリアがSERCA阻害作用を示す物質を複数有するのか、今後はその理由にも注目していきたい」と述べた。

(植松玲奈)