日本における統合失調症の生涯有病率は、1940~1970年代に実施された疫学調査から0.19~1.79%と推定されている。しかしその後、大規模な疫学調査は行われていなかった。住友ファーマの馬塲健次氏、順天堂大学大学院精神医学講座主任教授の加藤忠史氏らの研究グループは、2019年に日本を含む12カ国で実施された大規模オンライン調査に参加した日本人3万人超のデータを解析。日本の統合失調症の生涯有病率は0.59%と推定されたとの結果をBMC Psychiatry (2022;22:410)に報告した。統合失調症患者のうち抑うつ症状や睡眠障害、不安障害がある者では、これらの問題がない者と比べて健康関連QOL(HRQoL)および労働生産性が低く、労働生産性の低下に起因した間接費用はほぼ2倍であることなども明らかになった。

統合失調症患者におけるHR QoL、労働生産性、併存症による影響などを評価

 世界的なデータに基づく統合失調症の生涯有病率(中央値)は0.48%と推定されている。日本においては、1940~70年代に実施された疫学調査から0.19~1.79%と推定されているが、特定地域で実施されたものでありその後に大規模調査は行われていない。

 統合失調症患者は一般人口と比べて平均余命が短く、障害生存年数(YLD)は1,340万年に達することから、患者およびその家族だけでなく医療や社会にも大きな経済的負担をもたらす。2008年の調査によると、日本における統合失調症の社会的コストは約2兆7,700億円と推定され、約7割が間接費用とみられている。

 その他、統合失調症でしばしば問題となるのは、抑うつ症状や不安障害などの併存症だ。これらの症状は統合失調症の進行を速め、死亡率を上昇させることが報告されている。さらに、統合失調症患者では一般人口および多くの身体疾患や統合失調症以外の精神疾患の患者と比べてQOLが低いことも示されている。

 そこで馬塲氏らは、日本における最新の統合失調症の有病率を推定し疾病負担について明らかにするため、18歳以上の成人を対象に日本を含む12カ国で実施されている大規模オンライン調査〔National Health and Wellness Survey(NHWS)〕のデータを解析。2019年の日本人参加者のデータに基づき統合失調症の有病率を推定するとともに、統合失調症と診断された成人患者におけるHRQoL、労働生産性および活動障害(WPAI)、間接費用などを評価した。

平均年齢は42.7歳、9割が65歳未満、生涯有病率は0.59%

 検討の結果、日本における参加者3万6人中178人が統合失調症と診断されていた。統合失調症の生涯有病率は0.59%(95%CI 0.51~0.68%)と推定された。

 統合失調症患者の平均年齢は42.7歳で、約9割が65歳未満、男女比は同程度だった。配偶者またはパートナーがいる者の割合は29.2%、大卒者は32.6%、就業者が半数を超えていた。

 統合失調症患者を抑うつ症状の評価尺度であるPatient Health Questionnaire(PHQ)-9のスコアに従い、①10点未満または10点以上、②14点未満または14点以上ーの2つのカットオフ値で分類したところ、10点未満が93例、10点以上が85例、14点未満が117例、14点以上が61例であった。自己報告に基づく睡眠障害の経験がある者は88例、不安障害の経験者は66例であった。

 年齢、性、地域、婚姻状態、教育レベル、就業状態、世帯収入、BMI、チャールソン併存疾患指数(CCI)、喫煙状況、飲酒などを調整して解析した結果、PHQ-9が10点未満の患者と比べて10点以上の患者ではHRQoLの評価尺度であるSF-12v2の3要素〔①身体的側面(physical component summary;PCS)、②精神的側面(mental component summary;MCS)、③役割/社会的側面(role component summary;RCS)〕のうちMCSとRCSのスコアが有意に低く、別の評価尺度(EQ-5D、VAS)によるHRQoLの評価スコアも有意に低かった(全てP<0.001)。

 PHQ-9が10点未満の患者と比べて10点以上の患者では、アブセンティーズム(過去7日間のうち健康問題が理由で欠勤した時間が占める割合)、プレゼンティーズム(過去7日間のうち健康問題が理由で仕事に支障があった時間が占める割合)の程度が有意に高く(順にP=0.001、P<0.001)、アブセンティーズムとプレゼンティーズムを合わせた全般的な仕事の生産性の有意な低下および日常生活における活動性の有意な低下も認められた(順にP=0.004、P<0.001)。労働生産性の低下に起因する1年間の間接費用は、PHQ-9が10点未満の患者の89万2,800円に対して10点以上の患者では196万5,100円とほぼ2倍であった(P=0.010)。なお、PHQ-9のカットオフ値を14点とした場合も同様の結果が得られた。

 睡眠障害がある患者や不安障害がある患者では、これらがない患者と比べて各種のHRQoL評価スコアが低く、労働生産性や日常生活における活動性の低下度が高く、労働生産性の低下に起因する間接費用が高いことが示された。また、今回の研究データと日本政府が発表した雇用および所得に関するデータを用いて探索的な事後解析を行ったところ、日本の統合失調症に関連する疾病負担は1兆740億円と推定された。

QOL改善には併存症のスクリーニングと治療が重要

 馬塲氏らは「今回推定された生涯有病率(0.59%)は、既報の地域データに基づく生涯有病率(0.19~1.79%)との整合性が取れている」と説明。厚生労働省が行った調査から2017年の統合失調症患者数は79万3,000人で、このうち63万9,000人が外来患者、15万4,000人が入院患者と推定されている点に言及し、「0.59%という生涯有病率は外来統合失調症患者の有病率に近い。入院患者はオンライン調査にアクセスしにくい可能性を踏まえると、この結果は理解できる」としている。

 また、統合失調症患者の平均年齢が42.7歳と比較的低かった点についても入院患者の多くは高齢であるのに対し、今回の解析対象はオンライン調査にアクセスできる外来患者が中心であったことで平均年齢を引き下げられた可能性があると同氏らは考察している。

 その上で「統合失調症患者において併存症がQOLや労働生産性、間接費用に重大な影響を及ぼしていることが分かった」と結論。「これらの解析結果は、統合失調症患者の全般的なQOLの改善には併存症のスクリーニングと治療が重要であることを強調するものだ」としている。

※平成22年度厚生労働省障害者福祉総合推進事業補助金「精神疾患の社会的コストの推計」事業実績報告書(PDF

岬りり子