HIV感染症に対する世界初の長時間作用型注射薬であるインテグラーゼ阻害薬カボテグラビル(商品名ボカブリア)と非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害薬リルピビリン(リカムビス)が6月27日に発売された。国立国際医療研究センターエイズ治療・研究開発センター(ACC)センター長の岡慎一氏は、両薬の製造販売元であるヴィーブヘルスケアが6月13日に開催したメディアセミナーに登壇。両薬の併用療法は既存の毎日服薬が必要な経口抗HIV薬と異なり、1カ月または2カ月に1回の投与でウイルス抑制を維持でき、服薬時に患者がHIV感染者であることを思い起こすなどの心理的負担を軽減できる可能性があると指摘。その上で「近年重要な課題となっているHIV感染者のメンタルヘルス問題を重視した新たな治療の時代に入っていくだろう」と期待を示した。
3割がメンタルヘルス関連死、心理的負担の軽減が重要に
HIV感染症の治療は、3~4種類の抗HIV薬を組み合わせて内服する多剤併用療法が基本だ。最近では、2〜3種類の成分が1錠の中に含まれた配合薬が多数登場し、1日1回1錠(single tablet regimen1;STR)での内服治療が可能となった。抗HIV薬の進歩は、HIV感染症を死に至る致死的疾患からコントロール可能な慢性疾患へと変えたが、患者は長期にわたりHIV感染に関するスティグマや社会的な差別、偏見に苦しみ、精神的かつ心理的課題という新たな問題が表在化している。
HIV感染症の治療をめぐっては、服薬がより簡便で負担が軽減できるSTRが普及し、BID(twice daily:1日2回投与)からQD(once daily:1日1回投与)が主流となっている。治療法は飛躍的に進化した一方で、岡氏は「患者は1日1回の服薬時に、自身がHIV感染者であることを思い出す」と指摘。患者はほぼ生涯にわたり抗HIV薬を飲み続ける必要があることから、「治療の長期化により、HIV感染の事実が精神的負荷となっている」と問題点を挙げた。同氏によると、服薬時にHIV感染者であることを他者に知られることを恐れたり、アドヒアランスを維持し続けることへの不安や心配、HIV陽性であることを思い起こすなど精神面での負担を抱えているという。
ACCに登録されたHIV感染者を2014~19年に追跡し、死亡原因を調べたところ、AIDS(16%)や非AIDS指標悪性腫瘍(NADM、23%)を上回り、トップとなったのがメンタルヘルス関連死(疑い例含む)で29%だった。心・腎・血管系疾患は12%、肝関連(C型肝炎を含む)は10%、その他・不明が10%だった。
図. ACCに登録されたHIV感染者の6年間(2014~19年)の死亡原因
この調査結果を踏まえ、同氏は「HIV感染症患者が抱える最大の問題は、メンタルヘルスに移りつつある。メンタルヘルスが死因に直接結び付くかについては難しい面もあるが、当施設に登録しているHIV感染症者の死因に関する調査では、2019年の死亡17例中、AIDS関連死は2例だったのに対し、メンタルヘルス関連死が7例と最も多かった。多くは自宅で亡くなっていたことから、自死の可能性がある」との見方を示した。
HIV感染者の多くは社会での生きづらさを抱えており、同氏は「患者に話を聞くと『毎日の服薬がボディーブローのように効いてくる』と言う。予後が改善したのは確かだが、治療の長期化により精神的な負担が大きくなっている」と指摘する。そのため、経口薬と同等の有効性を維持しながら、長時間の作用を有する服薬の負担を軽減するような治療薬が待ち望まれていた。
投与回数は1年に6回または12回へと激減、患者負担減に
こうした中、登場したのが、HIV治療薬では世界初の注射薬カボテグラビルとリルピビリンだ。両薬とも長時間作用型注射薬(持効性注射薬)で、4週に1回または8週に1回の頻度で併用投与する。
岡氏は、2016年にカボテグラビル注射薬とリルピビリン注射薬を維持療法として併用投与した第Ⅲ相試験FLAIRに日本から参加し、投与後48週時のウイルス学的抑制などの治療成績をレトロウイルス-日和見感染症会議(CROI)で発表した。同試験は、抗HIV薬の治療経験がない成人HIV感染者629例(日本人患者20例を含む)を対象に、経口抗レトロウイルス療法(ART)治療でウイルス学的抑制が得られた後、経口ARTの継続治療群に対するカボテグラビル注射薬+リルピビリン注射薬の併用療法の4週間隔投与に切り替えた群の非劣性を検証した。
解析の結果、主要評価項目である維持療法期48週時点のウイルス学的失敗(血漿中HIV-1 RNA量が50コピー/mL以上)に該当する患者の割合は、ART投与群に対するカボテグラビル+リルピビリン併用療法群の非劣性が示された。96週時点においても非劣性が継続していた。有害事象に関しては長時間作用型注射薬特有のものは認められなかった。
さらに、日本人集団における主要評価項目とした投与後48週時のHIV-1 RNA量が50コピー/mL以上の患者は両群とも0例だった。
同氏は、ART療法によりウイルス学的抑制が得られているHIV-1感染症患者1,045例を対象に、カボテグラビル注射薬+リルピビリン注射薬の併用療法の抗ウイルス効果や安全性について、4週間隔投与群に対する8週間隔投与群の非劣性を検証したATLAS-2M試験の結果も紹介。主要評価項目である48週時点のウイルス学的失敗(血漿中HIV-RNA量が50コピー/mL以上)に該当する患者の割合について、4週間隔投与群に対する8週間隔投与群の非劣性が認められた。患者に治療満足度を調査したところ、98%が従来薬のSTRより8週間隔の注射薬を好み、94%が4週間隔の注射薬より8週間隔の注射薬を好んだとの結果が得られた。
これらの知見を踏まえ、同氏は「治療薬の投与間隔が長ければ長いほど患者は自身がHIV感染者であることを忘れられる。また、長時間作用型注射薬による治療は今後より重大になるであろうHIV感染者のメンタルヘルス問題に関し、患者がHIV感染を意識する機会を減らすなどメンタルヘルスを重視した新しい治療の時代に入っていくだろう」と期待を寄せた。
なお、カボテグラビル注射薬+リルピビリン注射薬の併用療法の対象となるのは、①ウイルス学的失敗がない、②切り替えの6カ月間以上前からウイルス学的抑制が得られている、③カボテグラビルとリルピビリンに対する耐性関連変異がない、④カボテグラビルとリルピビリンに禁忌または潜在的な薬物相互作用がないーといった条件を満たす患者。投与に当たっては1カ月または2カ月に1回の受診が必要となるため、投与スケジュールを遵守できる患者に限られる。また、切り替え前には両薬の経口薬(ボカブリア経口薬とリカムビス経口薬)を28日間を目安に投与し、これらの薬剤に対する忍容性を確認する必要がある。
(小沼紀子)