主要な精神疾患である双極性障害、統合失調症、自閉症スペクトラム障害(ASD)の発症には、遺伝的要因の影響が比較的大きく、共通するリスク変異があることが知られている。名古屋大学精神疾患病態解明学特任教授の尾崎紀夫氏らは、これら3疾患の発症におけるゲノムコピー数変異(Genomic Copy Number Variation;CNV)の関与を検討するため、3疾患の日本人患者と健常者のCNV解析を実施。双極性障害で見られるCNVは統合失調症やASDと比べて小規模な欠失が多く、3疾患に共通の分子病態として唯一クロマチン修飾との関連が確認されたとの結果をBiol Psychiatry(2022年4月21日オンライン版)に発表した。
国内20以上の精神科施設における8,708例が対象
CNVとは、通常は染色体上の特定のゲノム領域におけるコピー数が両親から1コピーずつ受け継いで2コピーとなるところが、1コピー以下(欠失)または3コピー以上(重複)になる変化を指す。その領域に含まれる遺伝子の発現変異を引き起こし、さまざまな疾患の発症に関与する。 尾崎氏らは以前、統合失調症やASDの発症にCNVが関与することを報告している(Cell Rep 2018; 24: 2838-2856)。一般集団と比べて双極性障害患者の血縁者には、双極性障害だけでなく統合失調症やASDの患者が多いことが報告されており、ASDや統合失調症の発症には22q11.2欠失や3q29欠失などの関与が知られているが、双極性障害とCNVの関連性は明らかでなかった。
そこで同氏らは今回、国内20以上の精神科施設が参加する共同研究を実施。双極性障害患者1,818例、統合失調症患者3,014例、ASD患者1,205例、健常者2,671例のゲノム解析により、3疾患の発症におけるCNVの関与を検証した。
双極性障害は小規模サイズの欠失が発症に関与
3疾患の患者と健常者でCNVを比較した結果、双極性障害では小規模サイズ(10万塩基以下)の欠失が多く存在し、大規模サイズ(50万塩基)の欠失・重複が多い統合失調症やASDとは異なるパターンを示した。CNVサイズが大きいほど、より多くの遺伝子発現に影響を及ぼすといわれているが、この結果から双極性障害の発症には比較的少数の遺伝子変異が関与することが示唆された(図1)。
図1. CNVサイズ別に見た双極性障害、統合失調症、ASDの発症リスク
さらに、ASDや知的能力障害などの神経発達症と関連する既知のリスクCNVが多く見られるゲノム領域を調べた。その結果、3疾患の患者とも健常者よりリスクCNV保有率が高く、オッズ比は双極性障害で2.9、統合失調症で3.7、ASDで4.2だった。また、いずれかの発症リスクに関わる領域を計12カ所(双極性障害ではDLG2、PCDH15、ASTN2、統合失調症ではDLG2、NRXN1、MACROD2、22q11.2欠失、1q21.1欠失、47,XXX/47,XXY、ASDではCNTN6、16p11.2重複、22q11.2重複)を同定した。
統合失調症とASDは共通点が多い
また、CNVでコピー数が変化した遺伝子の機能情報を用いて、各疾患の病態への関与を検討した。その結果、3疾患における唯一共通の分子病態としてクロマチン修飾との関連が確認された。一方で、統合失調症とASDには、クロマチン修飾以外にもシナプスや酸化ストレス応答など、より広範の分子病態が関与しており、両疾患には共通点が多いことが分かった(図2)。
図2. 双極性障害、統合失調症、ASDの関連分子病態
(図1、2とも名古屋大学プレスリリースより引用)
今回の研究から、統合失調症やASDと強い関連を持つとされていたCNVが、双極性障害にも関与している可能性が示唆された。尾崎氏らは現在PCDH5、ASTN2欠失を有する双極性障害患者や、22q11.2欠失または3q29欠失を有する統合失調症患者やASD患者から作製した人工多能性幹(iPS)細胞と、これらの変異に基づいて作製したマウスモデルを用いて、精神疾患の発症機序を検討しているという。「これら3疾患の発症メカニズムの解明を進め、新たな診断体系や新規治療法の開発につなげたい」と述べている。
(編集部)