日本では、認知症患者が2025年には700万人を超えると予想されている。早期の治療介入を広く普及させるには、認知機能障害を早い段階で検出できる安価で簡便なツールが求められる。筑波大学精神神経科教授の新井哲明氏らは、タブレット端末で文字や図形を描画する5つのタスクを行うことで認知機能障害の診断を支援できるツールを開発。その精度を地域在住の高齢者144例を対象に検証したところ良好な結果が得られ、診断推定精度はアルツハイマー型認知症(AD)で97%、軽度認知障害(MCI)で83%だったと、J Alzheimers Dis2022年6月13日オンライン版)に発表した。

タブレット端末を用いた診断支援

 ADの予防および治療は、早期段階から開始することが望ましい。しかし、早期の段階でADを診断する方法は確立されていない。その上、現在実施可能かつ比較的信頼度が高いとされている検査法は、高価あるいは身体的侵襲性が高く、一般の医療機関で行うことが難しい。こうした背景から、在宅や介護予防教室などでも利用できる安価で簡便なMCI、ADの検出ツールが求められていた。

 そこで新井氏らは、近年普及が進んでいるタブレット端末を用いて、被検者が文字や図形を描画する5つの簡便なタスク〔①文章を書く、②図形模写(五角形)、③時計描画、④トレイルメイキング-A、⑤トレイルメイキング-B〕を実施することで、認知機能障害の診断を支援するツールの開発に着手。描画中の動作について、描画速度や静止時間、筆圧やペンの姿勢などの特徴を、AI技術を活用して詳細に定量化し組み合わせることで、MCIとADを検出するというものだ。

5つのタスクデータを組み合わせた解析で7.8%ポイント精度が向上

 まず、地域在住の高齢者144例(MCI 65例、AD 27例、認知機能正常52例)を対象に、5つのタスクを実行してもらい、タスク中の描画データを収集して解析した。その結果、描画速度の滑らかさの低下、静止時間の増大、筆圧のばらつきの増大といった複数の描画動作で、認知機能正常群と比べて顕著な変化が、MCI群、AD群の順で段階的に観察された。

 次に、AI技術を用いて、描画データから3群を識別するモデルを構築。その精度を検証したところ、3群の分類精度は、1つのタスクデータによる解析では67.4%だったのに対し、5つのタスクデータを組み合わせた解析では75.2%と7.8%ポイントの精度向上が得られ、検出精度はMCIで83%、ADで97%だった。タスクの組み合わせによる精度向上の理由として、新井氏は「各タスクの描画動作が異なる認知機能の側面を捉えており、それらを組み合わせることで認知症に関連する認知機能を相補的・包括的に検出できているのではないか」との考えを示した。

 今回の結果について、同氏は「在宅や介護予防教室といった環境下でもADの早期発見を安価かつ簡便に支援できる可能性がある」と結論。さらに「本ツールはADだけでなく、他の認知症性疾患やパーキンソン病などにも適用可能。また、疾患の早期検出だけでなく、進行度の推定や介入効果の定量化などにも役立つだろう」と付言した。

(比企野綾子)