歩行速度の低下は認知症リスクの上昇に関連することが複数の研究で示されている。オーストラリア・Monash UniversityのTaya A. Collyer氏らは、歩行速度の低下に加えて認知機能の低下が見られた場合の認知症リスクへの影響について、認知機能の領域別に検討。歩行速度と認知機能の両方が低下した群ではいずれも低下していない群と比べて認知症リスクが高く、歩行速度と記憶力が低下した群ではリスクが25倍だったとする解析結果をJAMA Netw Open2022;5:e2214647)で報告した。

オーストラリアと米国の高齢者1万6,855例を解析

 歩行速度の低下は、認知機能の低下や認知症の早期マーカーとして広く認識されつつある。また、歩行速度の低下と認知機能の低下の両方が見られる人ではこれらの低下が見られない人と比べて認知症リスクがより高いことが先行研究で示されている。しかし、その多くは認知症を発症した参加者が少ない、あるいは包括的認知機能または即時記憶のみを評価しているなどの限界があった。

 Collyer氏らは今回、歩行速度の低下と認知機能の低下を組み合わせた認知症の発症リスクの評価において、包括的認知機能、記憶力、処理速度、言語流暢性の中で最も有用な領域を明らかにするため、オーストラリアと米国で実施された臨床試験の参加者データを用いて各領域の機能および歩行速度と認知症リスクの関連について検討した。

 解析対象は、2010~17年に低用量アスピリンの有用性を評価する目的で実施されたランダム化比較試験であるASPREE (ASPirin in Reducing Events in the Elderly)に参加した70歳以上(アフリカ系またはヒスパニック系の米国人は65歳以上)の高齢者のうち、歩行および認知機能に関する長期データが得られた1万6,855例(平均年齢75.0歳、女性56.0%)。

 歩行速度は試験開始時、2年時、4年時、6年時、2017年の試験終了時に評価し、認知機能は試験開始時、1年時、3年時、5年時、2017年の試験終了時に評価した。なお、認知機能に関しては、包括的認知機能は3MS、記憶力はHVLT-R、処理速度はSDMT、言語流暢性はCOWAT-Fが評価尺度として用いられた。歩行速度の低下は年間0.05m/秒以上の速度低下が見られた場合と定義した。

認知症リスク評価の最適な指標は?

 Cox比例ハザードモデルを用いた解析の結果、歩行速度と認知機能の各領域の評価スコアの両方が低下していた群では、歩行速度と各評価スコアの低下が見られなかった群と比べて認知症を発症するリスクが高いことが示された。中でも歩行速度と記憶力の評価スコア(HVLT-R)の両方が低下した群では、歩行速度とHVLT-Rの低下が見られなかった群と比べて認知症リスクが約25倍であることが示された〔ハザード比(HR)24.9、95%CI 16.5~37.6〕。

 次いで認知症リスクに強く関連していたのは、包括的認知機能の評価スコア(3MS)で、歩行速度と3MSの両方が低下した群では、歩行速度と3MSの低下が見られなかった群と比べてリスクが約22倍だった(HR 22.2、95%CI 15.0~32.9)。言語流暢性(COWAT-F)と処理速度(SDMT)に関しても、歩行速度と各スコアがいずれも低下していた群では、歩行速度と各スコアの低下が見られなかった群と比べて認知症リスクが高いことが示された〔COWAT-F:HR 4.7、95%CI 3.5~6.3、SDMT:HR 4.3、95%CI 3.2~5.8〕。

 また、記憶力(HVLT-R)と包括的認知機能(3MS)に関しては、それぞれのスコアの低下または歩行速度の低下が単独で見られた群と比べても、各スコアと歩行速度の両方が低下した群で認知症リスクの上昇が認められた。

 以上から、Collyer氏らは「認知症リスクの評価における歩行速度の重要性を強調する結果が得られた。また、認知症の発症リスクの評価では歩行速度と記憶力の組み合わせが指標として最適である可能性がある」と述べている。

(岬りり子)