日本産科婦人科学会は6月29日、生命倫理問題にかかわる生殖医療に関する監理について「国の関与を強く要望する」と厚生労働省宛の要望書を提出した旨を公式サイトで公表した。
自主規制に依存する着床前診断の現状を憂慮
いわゆる出生前診断には、「命の選別」につながる生命倫理上の議論がある。この課題の矢面に立たされているのが日本の産婦人科医を取り巻く現状だ。
日本産科婦人科学会はこれまで、不妊症や不育症を対象とした着床前遺伝子学的検査(PGT-A※1)について、妊娠を希望する人と産婦人科医だけでなく、広く一般市民を交えた公開シンポジウムで意見を聴取するなど、慎重かつ地道な検討を続けてきた。着床前診断に関しては、2007年に男女の産み分けなどを理由に診断を実施した医師に対し、同学会が除名処分を下したことを無効だとする訴えが裁判で争われた。東京地方裁判所は除名処分は有効とする判決を下し、「着床前診断が学会の自主規制に委ねられることが理想的とはいえず、立法による速やかな対応が望まれる」と指摘したが、その後、立法化には至っていない。自由診療下での診療制限は法的根拠に乏しいため、例えば新型出生前診断(NIPT※2)の実施に関しても同学会では自主規制を敷いてきたものの、非会員医師による出生前診断は野放図に実施されてきた。こうした渦中にあって、日本でもPGT-Aが自由診療下で行われようとしているという。
日本産科婦人科学会は、着床前診断に関し、依然として同学会の見解のみが日本におけるルールとなっている現状を憂慮。「現在まで、行政による関与・取り組みを待っていたが、全く整備がなされていない。NIPTと同様に、PGT-Aは妊娠を希望する女性、産婦人科医だけで議論すべき事柄でなく、PGT-Aで診断される疾患患者、関連学会、女性、社会全体で議論すべきものであることは当然。当学会ではPGT-Aの運用に関し慎重に進めているが、当学会生殖補助医療(ART)登録施設以外では今後、NIPTと同様に無制限に行われていくことが推測される」と懸念を示している。
科学的根拠に基づかないPGT-Aの商業的施行は、患者の不利益に
PGT-Aは、厚労省の指導により先進医療Bとしての申請が予定されており、「先進医療とは、いまだ保険診療として認められていない先進的な医療技術などについて、安全性・有効性などを確保するための施設基準を設定し、保険診療と保険外診療との併用認め、将来的な保険導入に向けた評価を行う制度」と定義されていることから、この規定に基づいて施行されるべき医療技術だ。同学会は「自由診療であるから行ってよいという考え方で科学的根拠に基づかないPGT-Aが商業的に施行されること、検査希望者に対し正確な医学的情報が提供されずに検査実施の判断がなされることなど、患者の不利益につながる可能性があり、きちんとしたルールの下で行われる必要がある」と訴えている。
その上で同学会は、生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(令和2年法律第76号)の【国の責務】(第4条)にある、「基本理念を踏まえ、生殖補助医療の適切な提供等を確保するための施策を総合的に策定・実施する責務を有する」ならびに「施策の策定・実施に当たっては、生命倫理に配慮するとともに、国民の理解を得るよう努める」に鑑み、ART実施施設、PGT-A検査受託検査所への注意喚起および、生命倫理問題に関わる可能性がある生殖医療の適切な提供のために必要な監理などを国レベルで審議決定する公的機関の設置を強く要望している。
- ※2 非侵襲性出生前遺伝子検査(Non Invasive Prenatal genetic Testing;NIPT):妊婦の血液内を循環している胎児由来のcell-free DNAと母体由来のDNA断片を分析し、胎児の染色体数的異常を検出する遺伝子検査。日本産科婦人科学会では「母体血を用いた新しい出生前遺伝子検査の指針」に基づき、対象は基本的には35歳以上の妊婦、実施は認定医療機関のみとしているが、自主規制であり法的根拠はない。そのため、同学会が指針に定める「妊婦の不安や悩みに寄り添う適切な遺伝カウンセリング」が行われないまま受検するケースが増加していると指摘していた。2021年5月に厚生科学審議会科学技術部会「NIPT等の出生前検査に関する専門委員会」の報告書が取りまとめられ、日本医学会「出生前検査認証制度等運営委員会」が設置。同委員会で策定した「NIPT等の出生前検査に関する情報提供及び施設(医療機関・検査分析機関)認証の指針」に基づくNIPT実施医療機関・検査分析機関の認証が2022年7月1日に運用開始。日本産科婦人科学会の「母体血を用いた新しい出生前遺伝子的検査の指針」は2022年中に廃止予定。
(編集部)