1型糖尿病患者はインスリン依存状態にあり、インスリン治療が必須とされる。しかし、インスリン治療には生涯にわたる頻回の皮下注射による負担、低血糖や異所性脂肪の蓄積および動脈硬化といった副作用のリスク、血糖コントロールの難しさなど課題が多い。また、インスリン製剤に対してアレルギーを生じた場合に他の薬剤や治療法の選択肢が少ないといった問題点もある。そこで、名古屋大学総合保健体育科学センター保健科学部准教授の坂野僚一氏らの研究グループは、インスリンを使用しない治療法を追求する中で、脂肪細胞から分泌されるレプチンを用いた新たな治療法を開発したとDiabetes(2022年6月24日オンライン版)に発表した。

レプチン受容体シグナルはPTP1Bの欠損で亢進

 これまでの研究から、インスリン投与以外での糖代謝の改善方法として、レプチンを1型糖尿病モデル動物に中枢投与する方法が知られている。レプチン投与には、低血糖のリスクが低い、脂肪合成が抑制される、1型糖尿病の重篤な合併症であるケトアシドーシスを改善するなどの利点があることが分かっている。しかし、齧歯類およびヒトの研究から末梢投与では糖代謝改善効果が限定的なため、臨床応用は困難だと考えられていた。

 また、レプチン受容体シグナルはProtein-tyrosine phosphatase 1B(PTP1B)が神経伝達物質の原料であるチロシンの脱リン酸化に作用することで阻害される半面、PTP1B欠損下では亢進することも知られている。

 そこで、研究グループはインスリン依存状態化したモデルマウスを用いた実験で、レプチンとPTP1B阻害薬併用投与による糖代謝改善の効果を検証した。

レプチンの糖代謝改善作用はPTP1B阻害薬併用で促進

 研究グループはまず、PTP1B欠損下でのレプチンの作用機序を解析するため、PTP1B欠損(KO)マウスおよび野生型(WT)マウスに膵β細胞への選択的毒性を持つstreptozotocin(STZ)を投与し1型糖尿病モデルを作成。両マウスにレプチンを末梢投与したところ、WTマウスでは有意な高血糖状態が継続し、KOマウスではSTZ投与前と同等レベルまで糖代謝が改善した。また、インスリン依存状態化したKOマウスおよびWTマウスに、末梢投与では全く影響を与えない極めて少量のレプチンを中枢から投与したところ、WTマウスと比べKOマウスでは有意な糖代謝改善を認めた。

 次に、レプチン+PTP1B阻害薬併用投与による影響を調べた。インスリン依存状態化したWTマウスに末梢からそれぞれレプチン単独、PTP1B阻害薬単独、レプチン+PTP1B阻害薬を投与し、糖代謝を3群間で比較した。その結果、レプチンまたはPTP1B阻害薬単独投与群では若干の糖代謝の改善を認めたものの、STZ投与前と比べて有意な耐糖能障害を呈したのに対し、レプチン+PTP1B阻害薬併用投与群ではSTZ投与前と同等レベルまで糖代謝の改善を認めた。

図. レプチンの作用機序

(名古屋大学プレスリリースより)

自律神経を介し、末梢臓器での糖の取り込みを促進

 研究グループはさらに、レプチンの末梢臓器における作用経路を明らかにするため、インスリン依存状態化したKOマウスとWTマウスにレプチンを末梢投与し、筋肉および褐色細胞における2-デオキシグルコース(2DG)の取り込み量を測定した。その結果、交感神経を抑制するβ遮断薬を投与または褐色脂肪細胞に入る交感神経を切断すると、両群とも2DGの取り込み量は有意に減少し、有意差は消失した。

 加えて、レプチンが作用する脳内の標的ニューロンを調べるため、視床下部弓状核に存在するpro-opiomelanocortin(POMC)ニューロンまたはagouti-related peptide(AgRP)ニューロン特異的にPTP1Bを欠損させた1型糖尿病モデルマウス(それぞれP-KOマウス、A-KOマウス)を作製。レプチンを末梢から投与して糖代謝の変化を比較検討した。その結果、A-KOマウスとインスリン依存状態化したWTマウスで糖代謝の改善作用に有意差を認めなかったが、P-KOマウスはWTマウスと比べて有意な糖代謝改善を認めた。

新たな治療法として臨床応用に期待

 以上の研究結果から、レプチンは脳に作用し自律神経を介して肝臓における糖の産出を抑制するとともに、末梢の各臓器で糖の取り込みを促進することが示された。また、レプチンをPTP1BKOマウスに投与、またはWTマウスにPT1B阻害薬を併用投与するとレプチンの作用が増強され、1型糖尿病モデルマウスにおいてインスリン非投与下であっても糖代謝を改善することが確認された。

 研究グループは「臨床応用するに当たってはさまざまな検証が必要だが、レプチンとPTP1B阻害薬の併用投与は、インスリン依存状態の糖尿病に対する新たな治療法として、有用な可能性がある」と展望している。

(植松玲奈)