さまざまな外的・内的要因が腸内細菌叢のバランスに影響を及ぼすことが知られているが、それらの要因を網羅的に解析した研究は少ない。東京医科大学消化器内視鏡学准教授の永田尚義氏らは、日本人約4,200例を対象にさまざまな生活習慣や臨床情報を腸内微生物叢情報と統合した世界初の大規模マイクロバイオームデータベースを構築。腸内細菌叢に与える影響は食事、生活習慣、疾患よりも薬剤投与によるものが強いことなどをGastroenterology2022; S0016-5085: 00732-6)に報告した。

750種類以上の薬剤投与歴も収集

 データベースは「Japanese 4D(Disease Drug Diet Daily life)コホート」と命名され、メタデータにはさまざまな疾患や投与薬剤、食習慣、生活習慣、身体測定因子、運動習慣などが含まれている。薬剤に関しては750種類以上の薬剤投与歴が網羅的に収集された()。

図. Japanese 4D(Disease Drug Diet Daily life)コホート

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(東京医科大学プレスリリースより)

 4,198例の糞便検体をショットガンメタゲノムシークエンスで解析し、腸内細菌1,773種、腸内細菌の遺伝子機能1万689個、薬剤耐性遺伝子403個を同定した。

消化器疾患治療薬や糖尿病治療薬が腸内細菌叢に大きく影響

 解析の結果、日本人の腸内にはBacteroides属、Bifidobacterium属、Clostridiales属、Blautia属、Faecalibacterium属などが多いことが示された。

 腸内細菌叢のバランスに影響を及ぼす要因としては薬剤の影響が最も強く、次いで疾患、身体測定因子(年齢・性・BMI)、食習慣、生活習慣、運動習慣と続いた。薬剤の影響は食習慣、生活習慣、運動よりも3倍以上強く、属、種、遺伝子機能などのレベルで解析しても同様だった。永田氏らは「ヒトマイクロバイオーム研究における『薬剤情報の収集の重要性』と『薬剤投与歴を考慮した解析の必要性』を強調する結果といえる」と述べている。

 薬剤の種別による腸内細菌叢への影響については、消化器疾患治療薬、糖尿病治療薬、抗生物質、抗血栓薬、循環器疾患治療薬、脳神経疾患治療薬、抗がん薬、筋骨格系疾患治療薬、泌尿器・生殖器疾患治療薬、その他(呼吸器系疾患治療薬や漢方薬)の順で影響が強かった。消化器系疾患治療薬の中では、プロトンポンプ阻害薬(PPI)、カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)などの胃酸分泌抑制薬、浸透圧性下剤、アミノ酸製剤、胆汁酸排泄促進薬の影響が強く、糖尿病治療薬ではαグルコシダーゼ阻害薬の影響が最も大きかった。また、特定の疾患とその疾患の治療薬では腸内細菌の変動は異なることも明らかとなった。既報では検討する薬剤が50種程度と少なかったが、今回の研究では759種類もの薬剤を解析しており、同氏らは「疾患治療薬という大分類で腸内細菌叢への影響を概観しつつ、個々の治療薬の影響が明らかにされた」と評価する。

個別の薬剤が腸内細菌叢へ及ぼす影響を参照できる「カタログ」に

 腸内細菌叢に及ぼす多剤併用の影響については、併用薬が増えるにつれて日和見感染症を引き起こすEnterococcus faeciumEnterococcus faecalisKlebsiella OxytocaKlebsiella pneumoniaeAcinetobacter baumanniiStreptococcus pneumoniaeなどの菌種が増加する正の相関が示された。また、併用薬が増えるにつれて腸内細菌叢がコードする耐性遺伝子の量も増加した。さらに、薬剤投与数の増加に伴い免疫の恒常性を保つ作用を有する酪酸や酢酸などの短鎖脂肪酸を産生する菌(BlautiaFaecalibacteriumLachnospiraceaeEubacteriumClostridiumDorea)の減少も示された。

 腸内細菌叢の変化が薬剤や多剤併用によるものか否かについては、PPI投与後にLactobacillus属やStreptococcus属の腸内細菌の増加やE. faeciumS. pnuemoniaeなどの日和見感染症を引き起こす病原菌種が増加すること、PPI投与を中断すると減少することが示された。これらの結果は過去の横断研究の報告と一致しており、腸内細菌叢の変化の原因が薬剤投与であること、PPI投与により変化した腸内細菌叢は投与中止により改善する可能性が示唆された。

 また、併用薬が増加した被験者ではStreptococcus属やLactobacillus属などの腸内細菌やcationic antimicrobial peptide resistanceなど特定の代謝経路に関わる遺伝子が増加し、併用薬を減少することで減少した。

 永田氏らは「世界に類を見ない情報量と多数例の解析から、薬剤が及ぼす腸内マイクロバイオームへの広範囲な影響が明らかになった。この影響は可逆的な一面もあり、不要な薬剤の投与を見直す必要性が強調された」と結論。「今回の研究結果は、個別の薬剤がどういった腸内細菌叢に影響を及ぼすのかを参照できる『カタログ(辞書)』を提供したといえる。薬剤選択における有用な知見であり、腸内細菌の変化は薬剤の長期使用や多剤併用により生じる副作用を予測するバイオマーカーとなりうる。また、特定の腸内細菌をターゲットとした薬剤関連疾患の発症予防や治療法の開発につながることが期待される」と展望した。

(編集部)