嗅覚の急速な低下がアルツハイマー病発症の予測因子になる可能性が示唆された。米・University of ChicagoのRachel R. Pacyna氏らは、高齢者を追跡し、嗅覚の低下と認知機能、局所灰白質体積(GMV)の関係を検討した結果を、Alzheimers Dement2022年7月28日オンライン版)に発表。嗅覚の低下が速い者で軽度認知障害(MCI)やアルツハイマー病を発症するリスクが有意に高く、GMVの有意な減少が見られたと報告した。

認知機能正常な515人を追跡

 嗅覚障害はMCIおよび認知症の初期症状の1つで、嗅覚障害により認知機能低下と同時に正常な認知機能からMCI、MCIからアルツハイマー病への進行リスクを予測できると報告されている。また、嗅覚障害は神経画像検査で検出可能な神経変性との関連も指摘されている。しかし、どの脳領域における神経変性が早期の嗅覚障害とその後の認知機能の低下、アルツハイマー病の発症と関連しているかは明らかでない。そこでPacyna氏らは、認知機能正常時に嗅覚の低下が小さいまたは低下していない高齢者に比べ嗅覚が急速に低下した高齢者では、局所GMVが減少、認知機能が低下、MCIまたはアルツハイマー病と診断される割合が高いとの仮説を立てて検証した。

 対象は長期疫学コホート研究Rush Memory and Aging Project(MAP)に参加し嗅覚・認知機能検査、神経学的検査、病歴の記録がある認知機能が正常な高齢者515人(平均年齢76.6歳、女性78%)。MAPは米イリノイ州北東部に居住する高齢者を対象に1997年に開始された、加齢による慢性状態と神経変性疾患の関連を調べる長期疫学コホート研究。対象には3回以上の嗅覚検査〔12種類の嗅素を用いるBrief Smell Identification Test(BSIT)〕と年1回の認知機能検査を行った。

apoEε4アレル保有者と同等のリスク

 1.3~18.0年の追跡期間中に得られた3回以上の有効なBSITスコアと検査時の年齢を用いて嗅覚の低下率を算出した。その結果、認知機能正常時の嗅覚低下率には顕著な個人差が見られた。

 多変量ロジスティック回帰分析法でベースライン時のアルツハイマー病危険因子を調整すると、嗅覚の低下が速い者、特に76歳未満の若年者とMCIまたはアルツハイマー病発症リスクとの有意な関連が認められた〔オッズ比(OR)1.89、95%CI 1.26~2.90、P<0.01〕。リスクの程度はアポリポ蛋白(apo)Eε4アレルを有する者と同等だった。また嗅覚低下の速さは、その後のグローバル認知、エピソード記憶、認知速度の低下と有意な関連が見られた。

 その他、ベースライン時の嗅覚の低さ、認知機能の低さ、年齢の高さがMCI やアルツハイマー病の有意な危険因子として検出された。

 515人中121人(平均年齢77.7歳、女性69%、認知機能正常104人、MCI 17人)では脳MRI検査(3T MRI)を用いて、局所GMVを測定した。その結果、嗅覚の低下が速い者では、偏桃体、嗅内皮質を含む嗅覚野(β=-0.11、95%CI -0.21~-0.00)、記憶に関連する側頭葉と前頭頭頂葉のGMVが有意に小さかった。

 以上から、Pacyna氏らは「認知機能正常時に行った複数回の嗅覚検査により、その後の認知機能障害、認知症、嗅覚およびアルツハイマー病の発症に関連するGMVの減少が予測できることが示された。嗅覚の急速な低下は、早期アルツハイマー病を検出する簡便なバイオマーカーになる可能性がある」と結論している。

(大江 円)