今年(2022年)4月、個人情報保護法の令和2年改正法が施行され、新たに「仮名加工情報」の条項が創設された。仮名加工情報とは、個人情報を他の情報と照合しない限り、個人を特定できないように加工したものである。改正法によって今後、医療・製薬分野での臨床データなどの利活用促進が期待される。順天堂大学放射線診断学講座教授の桑鶴亮平氏は8月3日、臨床情報匿名加工ツール「CoNaxs(コナクス)」を開発した4DINが開催したメディアセミナーに登壇。医療機関における臨床データベース研究と仮名加工情報の活用可能性について解説した。
一定条件満たせば本人同意なく個人情報の利用が可能に
日本の医療データの活用状況は諸外国と比べ、制度の整備やデータの標準化において大幅に遅れているといわれる。米国、英国、フィンランドでは政府主導で医療データの産業利用が行われている一方、日本では個人情報の保護に主軸が置かれたままだ。そこでイノベーション促進の観点から新たに創設されたのが、氏名などを削除した「仮名加工情報」に関する条項である。
仮名加工情報は2015年の改正で創設された「匿名加工情報」よりも比較的簡便な加工で、詳細な分析を行える点が特徴だ。氏名などを削除または仮IDなどに置き換え、同一法人内の内部分析に限定することを条件に、本人の同意を得ることなく利用することが可能である。合理性が認められれば公表の上、情報の利用目的を変更することもできる。
匿名加工情報は個人を一切識別することができず、復元することもできないため個人情報には該当しないのに対し、仮名加工情報は対照表と照合すれば本人が識別できるため「顕名を持たない個人情報」に当たるとして第三者提供ができない、ゲノムデータが利用できないといった制限もある。詳細を表に示す。
表. 匿名加工情報と仮名加工情報の定義・義務の違い
臨床研究や新薬開発がスピーディーに
桑鶴氏は仮名加工情報を利用することで、今後はリアルワールドデータ(RWD)を利用した研究がスピーディーに進むと指摘。RWDは日常診療のデータを集積したデータベースのことで、レセプトや電子カルテのデータなどが含まれる。RWDを用いた研究は後ろ向き観察研究に限られるものの、ランダム化比較試験(RCT)と比べ時間や費用を抑えて長期間にわたるデータ収集ができ、患者の治療に介入する必要がないことから、近年国際的に増加傾向にあるという。
同氏は「順天堂大学では電子カルテに保存されている診療情報の二次利用を目的に、臨床データベースを構築している。仮名加工情報を利用することで、学内の研究者による診療の向上を目的とした臨床研究に利用が可能な他、個人情報を含まないデータ解析結果は製薬企業などの新規治験のためのパイロット研究や市販後調査にも利用可能だ」と述べた。
仮名加工にはCoNaxsを利用し、患者個人を直接または間接的に識別する情報(名前、電話番号、詳細住所、各種登録番号など)を除去する他、日付番号は患者ごとにランダムにシフトしている。また、患者IDは独自アルゴリズムによって暗号化し、患者IDと暗号化されたコードの対応表を厳密に管理するなど、患者個人が特定できないように配慮している。CoNaxsを用いることで情報管理者の匿名化にかかる作業を95%削減できる他、データ利用を拒否するオプトアウト患者や治験参加者の除外も可能だという(図)。
図. CoNaxsの匿名加工技術
(表、図とも4DIN提供)
また、4DINが提供する臨床情報分析支援プラットフォームSINPRESEARCH(シンプリサーチ)は、横断的なデータの分析を可能にする。例えば、対象項目欄に「原発性不妊」、「子宮奇形」、「MRI検査」、「MRIの奇形分類」と入力することで、子宮奇形の奇形分類別に症例数を調べることができ、症例比較が容易になる。
大規模データを用いた研究の発展に期待
RCTのデータと比べ、RWDはデータ入力時の分類ミスや欠損値、交絡因子の存在の可能性など正確さと精度への懸念があるが、仮名加工情報を用いて研究の方向性を決める実現可能性調査(feasibility study)を行い、結果を推測した上でRCTなどの主研究に移行する方法もある。すなわち両者を組み合わせることで、主研究において有意な結果が得られる可能性が高まるという。
桑鶴氏は「同一法人内であれば多施設の仮名加工情報を使用することができるため、今後より大規模なデータを用いたfeasibility studyが可能になる。日々の臨床で使用される複数の因子を同時に比較検討できるという点でも仮名加工情報を使用したRWDの意義は大きく、医療データのさらなる利活用が期待される」と展望した。
(植松玲奈)