新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、流行開始から2年以上経過した現在も社会生活に多大な影響を及ぼしている。慶應義塾大学をはじめとした多施設共同研究グループ「コロナ制圧タスクフォース」は、COVID-19患者と健康人の遺伝子型を網羅的に比較するゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施。その結果、免疫機能での重要な役割を担う遺伝子Dedicator of cytokinesis2(DOCK2 )の遺伝子多型(バリアント)が65歳以下の非高齢者における重症化リスクと関連性を示したことをNature(2022年8月8日オンライン版)に発表した。DOCK2はCOVID-19重症化予測のバイオマーカーとなるだけでなく、治療標的にもなりうるという。
DOCK2バリアント保有が65歳以下の重症化と関連
コロナ制圧タスクフォースは医学および科学の観点からCOVID-19の病態解明に取り組む研究グループで、感染症学、ウイルス学、分子遺伝学、ゲノム医学、計算科学、遺伝統計学など異分野の専門家で構成される。今回の研究には全国100施設以上が参加し、6,000例以上の患者から血液検体と臨床データを集積した。これは、生体試料を持つCOVID-19のコホート(バイオレポジトリー)として、アジア最大規模になるという。
初めに、研究グループはCOVID-19の流行第一~三波で収集した65歳以下のCOVID-19重症患者440例(以下、非高齢・重症患者)と健康人2,377例の検体を用いてGWASを実施した。その結果、5番染色体上のDOCK2近傍領域(5p35)におけるゲノム配列の多型(rs60200309-A)保有が、65歳以下の重症化と関連することを同定した(オッズ比2.01、図1)。続いて、第四~五波で収集した非高齢・重症患者と健康人の検体でGWASを行ったところ、同様の結果を示した。
図1. ゲノムワイド関連解析によるSARS-CoV-2重症化因子候補の同定
重症患者の単球系細胞集団でDOCK2発現が低下
DOCK2からつくられる蛋白質DOCK2は、リンパ球の遊走や抗ウイルス活性を有する1型インターフェロンの産出など、免疫に関連する重要な役割を持つとされる。研究グループはこの点に注目し、COVID-19患者473例の末梢血単核細胞を用いてRNAシークエンス解析を行い、DOCK2発現量を調べた。その結果、COVID-19の重症化リスクアレルを保有する患者は非保有患者に比べDOCK2の発現量が低下していた(図2)。重症患者でも非重症患者と比べ、DOCK2の発現量が低下していた。
図2. リスクバリアントのDOCK2発現への影響
(図1、2ともコロナ制圧タスクフォースプレスリリースより)
次に、COVID-19重症患者30例と健康人31例の末梢血単核細胞を用いたsingle cell RNAシークエンス解析を行った。その結果、DOCK2は単球系の細胞集団で高発現していることが確認された。健康人と比べて、COVID-19重症患者では単球系の細胞集団におけるDOCK2発現が特に低下していた。さらに、COVID-19死亡例の剖検肺を用いてDOCK2の免疫染色による蛋白質レベルでの発現解析を行ったところ、一般的な細菌性肺炎に比べ、COVID-19による肺炎ではDOCK2の発現低下が確認された。
以上から、DOCK2はCOVID-19の疾患感受性遺伝子であるとともに、重症化予測のバイオマーカーとなる可能性が示された。
感染動物モデルでDOCK2の機能を検証
研究グループは、SARS-CoV-2感染動物モデル(シリアンハムスターモデル)を用いてDOCK2の機能解析も行った。コントロール群に比べ、DOCK2阻害薬CPYPPを投与した群(CPYPP投与群)では、顕著な体重減少を認め、肺水腫を呈する重症肺炎が引き起こされた。またCPYPP投与群では、鼻腔・肺でウイルス量が増加、肺内ではマクロファージが減少しており、1型インターフェロン応答が減弱する一方、炎症性サイトカインは増加していた。
以上から、DOCK2は、SARS-CoV-2感染に対する宿主免疫応答に重要な役割を果たしており、その機能を障害すると重症化することが示された。
研究グループは「今回の解析によりDOCK2はCOVID-19の重症化遺伝子であり、有望な治療標的である可能性が示された。COVID-19の新たな治療薬としてDOCK2を活性化する薬剤が期待される」と展望している。
(植松玲奈)