ビスホスホネート(BP)製剤など骨吸収抑制薬に関連した顎骨壊死を骨吸収抑制薬関連顎骨壊死(ARONJ)という。ARONJ発症例では骨吸収抑制薬を休薬することが推奨されているが、長崎大学歯学部口腔外科講師の大鶴光信氏、林田咲氏らの研究グループは、骨吸収抑制薬を休薬してもARONJの手術後の治癒率が改善しない一方で、壊死性骨の切除にとどまらない広範囲の手術でARONJの治癒率が高まることを見いだした、と大学の公式サイトで発表した。これまでARONJ発症例では積極的に手術をせず、洗浄や抗菌薬による保存療法が一般的だったが、研究グループは「骨吸収抑制薬を休薬せず早期に手術することで患者のQOLの向上が期待できる」としている。
抜歯前のBP休薬の可否に統一した見解なし
BP製剤は破骨細胞の抑制により骨吸収を阻害する薬剤で、骨転移を来したがん患者や骨粗鬆症患者の治療に広く用いられている。2003年にBPを投与されているがんや骨粗鬆症の患者において抜歯などの歯科処置を行った例で、頻度は極めて低いものの難治性の顎骨壊死(BRONJ)が発生することが初めて報告された。また、抗RANKL抗体デノスマブによる治療を受けている患者でも、BRONJと同様に顎骨壊死(DRONJ)がほぼ同頻度で発生することが判明した。BRONJおよびDRONJを総称してARONJと呼ぶ。
ARONJは初期に無症状だが、進行すると疼痛、排膿、骨髄炎、顎骨周囲炎、顎骨の欠損に至り、時には敗血症の原因になる場合もある。ARONJの発生は感染が引き金となっており、歯科治療前に感染予防を十分行うことでARONJの発症を減らせるとの結果が示されている。
一方、ARONJの予防のために、抜歯などの歯科治療前にBPを休薬するか継続するかについて、さまざまな議論がなされている。休薬がARONJの発生を予防するかはいまだ不明であり、日本骨粗鬆症学会が行った調査結果では、BPを予防的に休薬した骨粗鬆症患者でARONJが減少しなかったことが報告されている。それどころか、BP休薬により骨粗鬆症の症状悪化、骨密度低下、骨折の発生が増加するとされ、国際的レベルでの医師、歯科医師、口腔外科医の連携により、休薬可否に関する前向き臨床研究が望まれているところだ。
またARONJの治療法をめぐっては、かつては保存療法が第一選択であり、病変部位の拡大や感染のリスクがない場合に限り外科療法を行うとされてきた。ただし、近年、ARONJの病態(ステージ0~3の4段階で分類、ステージの上昇に伴い感染や顎骨壊死を伴う範囲が広くなり、自覚症状や他覚症状も悪化)が進んだステージ2以上のARONJに対しては、保存療法より外科療法の治癒率が高いとの知見が集積され、外科療法を推奨する傾向にあるとされる。
国内では日本口腔外科学会などの関連5学会の顎骨壊死検討委員会が2010年に作成したポジションペーパーが2016年に改訂され、「骨吸収抑制薬関連顎骨壊死の病態と管理―顎骨壊死検討委員会ポジションペーパー2016―」を発表。新しい診断基準、治療法などを示した。
抜歯などの歯科治療前の骨吸収抑制薬の休薬に関しては、「骨吸収抑制薬の休薬がARONJ発生を予防するか否か不明」「BP休薬を積極的に支持する根拠に欠ける」と記載され、統一した見解が得られていないとしているが、一方で、米国口腔顎顔面外科学会(AAOMS)による「BP治療が4年以上にわたる場合などには、骨折リスクを含めた全身状態が許容すれば2カ月前後のBPの休薬について主治医と協議、検討する」との提言も併記している。
ARONJ発生時の骨吸収抑制薬の休薬についても、「ARONJ治療が完了するまでの間、BPまたはデノスマブの休薬が望ましい(骨折リスクの高い患者では休薬中は代替薬の治療を続ける)」としながらも、「骨粗鬆症患者の場合、ARONJ治療中は治療が完了するまでの間の骨吸収抑制薬の投与または継続の可否を検討する必要がある(ただし骨折リスクが高い場合を除く)」との記述があり、方針が一貫していない印象を受ける。
早期に手術を行うべき
長崎大学ではARONJの第一選択療法として外科療法を選択しているが、「手術をしても治癒しない」「手術をすると、かえって壊死が進行する」などの根拠のない情報も多いとされる。また、抜歯など歯科治療前の骨吸収抑制薬の休薬についても「休薬が原因で抜歯までの期間や顎骨壊死の手術までの待機時間が長期化して、患者のQOLの低下が懸念されている」と問題を指摘する。そこで、同大学の研究グループはARONJの手術前の骨吸収抑制薬の休薬の可否、ARONJへの保存療法と外科療法の治療成績を比較検討するため研究を実施した。
まず、同施設で2011年から2019年に、低用量の骨吸収抑制薬を投与され、ARONJを発症し、外科療法を実施した骨粗鬆症患者173例(平均年齢78.7歳)を対象に後向きに研究を実施した。外科療法として、壊死した骨だけでなく病変周囲の健康な骨も含め広範に切除し、術前の骨吸収抑制薬の休薬期間と術後の転帰との関連を検討した(Sci Rep 2022; 12: 11545)。
骨吸収抑制薬の投与目的となった原因疾患の内訳は、原発性骨粗鬆症が125例、関節リウマチなどによる続発性骨粗鬆症が48例。休薬期間は、①90日以上休薬が36例(90日未満が128例)、②120日以上の休薬が30例(120日未満が134例)、③180日以上の休薬が19例(180日未満が145例)―だった。
治療転帰に影響を及ぼす因子を検討した結果、骨膜反応が治療転帰を有意に低下させ、血清アルブミン低値も予後不良因子であった。また、期間にかかわらず術前の骨吸収抑制薬の休薬は術後のARONJの治癒率に影響を及ぼさなかった。このことから、研究グループは「ARONJの治療中に骨吸収抑制薬の休薬は不要であり、早期に外科療法を行うべき」と結論している。
病変部位の広範囲な切除で高い治癒率
長崎大学を含む8大学病院で2009~16年に治療を受けたARONJ患者361例を対象に行った多施設共同後向き研究では、保存療法を行った202例と外科療法を行った159例(うち37例は保存療法後に手術を実施、122例は手術を実施)の転帰を比較。外科療法の手術方法別に転帰との関連なども検討した(J Bone Miner Res 2017; 32: 2022-2029)。
手術方法は、壊死性骨のみの除去を目的とした保存的手術と壊死性骨だけでなく周囲の骨も切除する広範囲の手術の2種類。骨吸収抑制薬としてBP製剤が129例、デノスマブが30例に投与された。
まず、傾向スコアマッチングが可能だった176例(各群88例)を対象にロジスティック回帰分析によって術後の良好な転帰に関連する因子を検討した。その結果、低用量の骨吸収抑制薬および外科療法が有意に関連していた(いずれもP<0.001)。
次に、骨吸収抑制薬の投与量別(低用量、高用量)と治療法別(保存療法、外科療法)に転帰との関連を検討した。その結果、低用量の骨吸収抑制薬を投与された93例中88例(94.6%)、高用量の同薬を投与された66例中34例(51.5%)が外科療法により完全な治癒が得られ、保存療法実施例の完全治癒率(低用量:59.2%、高用量:6.9%)よりも有意に高かった(P<0.001)。このことから、研究グループは「壊死性骨が保存療法で回復することはまれであり、長期間の同療法は患者のQOLを低下させ、疾患の進行を引き起こす可能性がある。第一選択療法として外科療法を行うべきと考える」としている。
一方、研究対象の361例を治療法別に完全治癒率を比較したところ、保存療法を受けた202例中51例(25.2%)が治癒したのに対し、外科療法を受けた159例中122例(76.7%)が治癒に至り、後者の完全治癒率は8割近くに上った。
次に、外科療法を受けた159例を対象に手術方法別に臨床転帰との関連を検討。159例のうち38例が保存的手術、121例が腐骨とその周辺を広範に切除する手術を実施し、そのうち治癒に至ったのはそれぞれ17例(44.7%)、105例(86.8%)と広範囲な手術を受けた患者で治癒率が有意に高かった(P<0.001)。研究グループは、「広範囲の手術は良好な治療転帰に関連する独立した因子であることが示された」と結論している。
(小沼紀子)