がん治療は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ワクチンの効果に影響を及ぼすか。名古屋市立大学大学院乳腺外科学分野の寺田満雄氏らは、乳がん患者を対象に、乳がん治療とSARS-CoV-2ワクチンの関連を検討する多施設共同前向き観察研究を実施。その結果、ワクチン接種後の抗体陽転化率は95.3%と高かったが、化学療法またはCDK4/6阻害薬で治療中の場合、抗体が陽転化しても変異株の種類によっては中和抗体価が有意に低下することが示されたとBreast Cancer Res Treat(2022年8月8日オンライン版)に発表した。
日本人患者85例で、ワクチン2回接種4週後の変化を比較
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下において 、易感染者であるがん患者に対しワクチン接種が推奨されている。しかし、がん治療がワクチン効果に及ぼす影響については明らかにされていない。
そこで寺田氏らは今回、前向き観察研究を実施。乳がん治療がSARS-CoV-2ワクチン接種後の血清学的変化に及ぼす影響、変異株によるワクチン効果の違い、ワクチン接種ががんの治療計画に及ぼす影響について検討した。
対象は、2021年5~11月に全国7施設で登録したSARS-CoV-2ワクチン接種を予定していた女性乳がん患者85例。年齢の中央値は62.5歳だった。
がん治療法で5群(無治療群5例、ホルモン療法群30例、抗HER2療法群15例、化学療法群21例、CDK4/6阻害薬群15例)に分け、抗体陽転化率、 SARS-CoV-2スパイク(S)蛋白質に対するIgG抗体濃度、各変異株(野生株、アルファ株、デルタ株、カッパ株、オミクロン株)に対する中和抗体価を比較した。ワクチン接種による乳がん治療への影響については、患者から聴取した。血液検査は、ワクチン接種前および2回目接種の4週間後に実施した。
ワクチン接種が原因の治療変更はなし
解析の結果、全体の抗体陽転化率は95.3%だった。化学療法群では81.8%、それ以外の4群では100%だった。
SARS-CoV-2 S蛋白質に対するIgG抗体濃度は、無治療群と比べ化学療法群で有意に低かった(P=0.02)。IgG抗体濃度と乳がんの病期に有意な関連は認められなかった。
変異株ごとの中和抗体陽性率は、野生株90.2%、アルファ株81.7%、デルタ株96.3%、カッパ株84.1%、オミクロン株8.5%だった。無治療群と比べ、化学療法群では野生株、アルファ株、カッパ株に対する中和抗体価が有意に低かった(野生株とアルファ株:P<0.01、カッパ株:P<0.05)。同様に、CDK4/6阻害薬群も野生株、アルファ株に対する中和抗体価が有意に低く(全てP<0.01)、その他の変異株でも低い傾向が認められた。
SARS-CoV-2ワクチン接種に関連するがん治療計画の延期や減薬が1例に見られたが、ワクチンの副反応への懸念によるものだった。
以上から、寺田氏らは「乳がん患者におけるSARS-CoV-2ワクチン接種後の抗体陽転化率は健康人の過去のデータと同等で、ワクチン接種によるがん治療への影響は小さかった。ただし、化学療法またはCDK4/6阻害薬の治療を受けている患者では、一部の変異株に対する中和抗体価が低下しており、長期的な感染予防への影響が懸念される」と結論。「ワクチン2回接種後であっても、感染予防を意識した行動が重要だ」と強調している。
(比企野綾子)