乳児期に発症する急性リンパ性白血病(ALL)は、小児期に発症するALLと異なり、約80%にKMT2A融合遺伝子を認め(KMT2A-r乳児ALL)、生存率が50%前後と悪性度が高いなどの特徴がある。京都大学大学院発達小児科学教授の滝田順子氏らのグループは、 KMT2A-r乳児ALL 84例のゲノム・エピゲノム異常の全体像を解明したとNat Commun(2022; 13: 4501)に報告。遺伝子発現、DNAメチル化のパターンから乳児ALLは5群に分類し、中でも極めて悪性度が高い群として、IRX転写因子の高発現とBリンパ球の最も未分化な発現パターンを特徴とする「IRXタイプ最未分化型」を世界で初めて同定した。
KMT2A-r乳児ALLの5年EFSは40%程度
白血病は血液をつくる骨髄やリンパ節などの造血組織に発生し、乳児期の発生頻度は約5%。その約80%を占めるKMT2A-r乳児ALLは特に悪性度が高く、5年無イベント生存(EFS)は40%程度で、生存例でも化学療法の副作用による不妊や成長障害、臓器機能障害などが大きな問題となり、既存治療の効果は十分でない。
KMT2A-r乳児ALLは、胎児期に血液細胞の発生過程でKMT2A融合遺伝子が生じることで発症する。正常なKMT2A遺伝子はエピゲノム修飾を介して造血発生を制御することから、異常なKMT2A融合遺伝子はエピゲノム異常を介して白血病の原因となると考えられる。しかし、これまでKMT2A-r乳児ALLにおけるエピゲノム異常の網羅的解析はほとんど行われておらず、予後予測のバイオマーカーとなる遺伝子異常は解明されていない。
そこで滝田氏らは今回、ゲノム異常と遺伝子発現、DNAメチル化の異常を同定する目的で統合的オミクス解析を実施し、KMT2A-r乳児ALLにおけるゲノム・エピゲノム異常の全体像を検討した。
IC1〜5の5群に分類、IC2で最も予後不良
研究では、KMT2A-r乳児ALL患者84例の白血病細胞からDNAを採取、61例からはRNAも採取した。まずDNAとRNAの両方が得られた61例において、全トランスクリプトーム解析およびDNAメチル化アレイ解析を行った。得られた遺伝子発現とDNAメチル化データに基づくオミクス統合的クラスタリング解析の結果から、 KMT2A-r乳児ALLを5群に分類し、Integrative Cluster 1〜5(IC1〜5)と名付けた(図)。
図. KMT2A-r乳児ALLのオミクス統合的クラスタリング
(京都大学プレスリリース)
次に、DNAのみを採取した23例においてメチル化アレイ解析を行ったところ、同様の5群が再現された。IC1~5に対し、群間の遺伝子発現、DNAメチル化状態の比較、次世代シークエンサーを用いた遺伝子変異解析を行い、生存期間などの臨床情報を比較した結果、以下のような特徴が明らかとなった。
1. 5群はIRX転写因子またはHOXA転写因子の発現およびDNAメチル化パターンにより、IRXタイプ(IC1〜2)とHOXAタイプ(IC3〜5)に大別される(図)
2. HOXAタイプは、 KMT2A融合遺伝子の転座パートナーごとに異なる分子プロファイルを示し、KMT2A-MLLT1、KMT2A-MLLT3、KMT2A-AFF1を有する症例がそれぞれ IC3、 IC4、 IC5に分類される<(図)
3. HOXAタイプに比べIRXタイプは造血細胞としての分化が未熟であり、特にIC2は5群のうち最も未分化な白血病(IRXタイプ最未分化型)として特徴付けられる
4. 今回定義したIC分類は予後と有意に関連し、IC2(IRXタイプ未分化型)はEFS、全生存率ともに最も不良である
5. IC2は、RAS経路の遺伝子変異が最も高頻度(14例中14例)で、1症例当たりに複数のRAS経路変異を有する
6. RAS経路変異を持たない症例に比べ、3種類以上のRAS経路変異を持つ症例は有意に予後不良である
今回の結果を踏まえ、同グループは「もともとHOXAタイプしかないと思われていた疾患の中で、これだけ非HOXAタイプの患者が存在すること、しかもIRXタイプが2群に分かれることを示したことは、この新分類がマーカーとして定義できる可能性を見出した点で重要。今回の知見を応用した精度が高い新規分子診断は今後の KMT2A-r乳児ALL治療の最適化に貢献し、予後を改善するだけでなく、QOL向上にもつながるものと期待される」と述べている。
なお、IC1~5の5群の分類が実臨床において治療に寄与する段階に達するには、最短で5年程度を要するとみられる。
(編集部)