早期乳がんの発見に寄与する乳房超音波検査の精度は、検査機器や検者の経験、疾患に対する知識、異常所見の見極め方などに左右されるため、検査技師や診断医の育成および技術の向上が求められるが、現状では不十分である。そこで慶應義塾大学外科学教室(一般・消化器)講師の林田哲氏らは、ディープラーニング技術を用いた人工知能(AI)による乳房超音波検査の診断システムを構築。約3,000枚の乳房超音波画像を対象として精度を検証したところ、感度91.2%、特異度90.7%と高精度で診断が可能であったと報告した。なお、検討の詳細はCancer Sci(2022年7月25日オンライン版)に掲載されている。
乳房超音波画像のデータから診断システムを構築
欧米人女性と比べ、日本人女性は乳腺の密度が高い高濃度乳房を有し、40〜50歳代の比較的若年で乳がんを発症する例が多い。そのため乳がん検診では、マンモグラフィ検査と超音波検査の併用により早期乳がんの発見率が高まることが知られている。
このように日本人女性に有益性が高い超音波検査による精密検査の要否判定を、AIで臨床応用することを目的に林田氏らは今回の検討を行った。
検討には、慶應義塾大学が提供した約1,500点の乳房超音波画像を教師データとして学習させ、検査画像中の腫瘍における良性/悪性判定を0.01秒以下で行えるようにしたAIを用いた。
このAIを臨床応用するために、同氏らは同大学を含む医療機関8施設と共同で7,194点の乳房超音波画像を収集した。これらのデータに画像上の腫瘍の位置と、その腫瘍に精密検査が必要か否かの注釈を付加するアノテーション作業を行い、教師データ(4,028点)とテストデータ(3,166点)に分類。まず教師データを用いて、乳房超音波検査画像に含まれる病変が、BI-RADS※基準において乳がんの頻度が高まるとされるBI-RADSカテゴリー4以上なのか、乳がんの可能性がほとんどない同カテゴリー3以下なのかを判定するAI診断システムを構築した。
専門医、放射線技師と同等以上の判定能力
次に、テストデータを用いて、AI診断システムの診断能を検証。その結果、感度91.2%、特異度90.7%と高い精度で精密検査が必要な病変を検出できた。
日本乳がん検診精度管理中央機構が認定する「乳がん検診超音波検査実施・判定医師」の認定試験では、今回の検討に用いたような静止画だけではなく動画の判定も評価基準に含まれるため単純比較はできないものの、同試験の合格基準は感度80%、特異度80%である。そのため、今回開発したAI診断システムによる診断結果はこれらを凌駕する精度を示し、専門医や放射線技師と同等以上の能力を持つことが期待されるという。
また、判定の閾値を変化させて描いた受信者動作特性(ROC)曲線における曲線下面積(AUC)も0.95と、極めて精度が高いことが示された(図)。
図. 診断の閾値を変化させたRCO曲線(左)と感度(sensitivity)、特異度(specificity)の変化(右)
(慶応義塾大学プレスリリースより)
さらに林田氏らは、このAI診断システムと10人の外科専門医を含む20人の臨床医による、30枚の乳房超音波検査画像に対する診断精度を比較。臨床医に比べ、AI診断システムの感度・特異度が有意に高かった(P<0.001)。
今回開発したAI診断システムについて、同氏らは「今後、薬事承認の手続きを進め、乳がん検診や人間ドックなどで実施される乳房超音波検査において、医師が診断の補助として利用できるようにしていきたい」との方針を表明。「AIの補助により診断精度が向上すれば、乳がんの見逃しおよび過剰診療をさらに防止できる。また、診断能力の差による施設間格差の是正も望める」と期待を寄せている。
※breast imaging reporting and data system:米国放射線専門医会などが作成。マンモグラフィ、超音波、MRIの読影用語や所見に基づいたカテゴリー分類と、報告書における記載方法の標準化を図るガイドライン
(陶山慎晃)