世界各国で高齢化が進んでおり、認知症患者が増加している。認知症リスクの早期発見は進行を遅らせ、患者を減らす上で重要だ。認知症に関するバイオマーカーの研究、開発が進んでいるものの、被験者の負担や精度などの点で課題がある。国立長寿医療研究センター、日立製作所(日立)、マクセルの共同研究グループは、認知症の新しいスクリーニング法として被験者の負担が少ない手指のタッピング運動に着目した横断研究の結果、両手の母指(親指)と示指(人差し指)を繰り返し開閉するタッピング運動により軽度認知障害(MCI)特有の運動パターンを抽出することに成功したとHong Kong J Occup Ther(2022年8年9日オンライン版)に発表した。
手指の巧緻運動を定量化する技術を活用
認知症の検査方法として脳脊髄液・血液バイオマーカーを用いるMCI検査があるが被験者の経済的、身体的負担が大きく、検査や解析に時間を要する。被験者の負担が少ない検査方法として問診・観察を中心とした神経心理学的検査が行われているが、検査日や時間帯によって結果が変動するなどの課題がある。精度が高く被験者の負担が少ない簡便なスクリーニング検査を開発できれば、認知症リスクの早期発見につながり、ひいては健康寿命の延長、医療費や介護費の削減にも貢献できると考えられる。
国立長寿医療研究センターと日立は、2016年に発表した「アルツハイマー型認知症に特有の指タッピング運動パターンの抽出」の研究成果を基にMCIの早期発見に向けた臨床研究を継続してきた。今回の横断研究では、2019年にマクセルが製品化した磁気センサ型指タッピング装置UB-2(非医療機器)を用いてMCI患者における手指のタッピング運動を解析、評価した(図1)。
図1. 磁気センサ型指タッピング装置UB-2を用いた両手の指タッピング運動測定のイメージ
MCI患者で微細運動障害、巧緻性の低下、タップ回数の減少
対象は2013~20年に同センターで登録したMCI患者および健康な介護者1,097例。傾向スコアマッチング法で年齢と性を調整し、MCI群173例(平均年齢77.2歳、男性40%)と健康高齢群173例(同77.1歳、45%)を選出した。両群の指タッピング運動を測定し、特徴量を比較した。両手交互タッピング時のタッピング回数(相関係数r=0.51)、タッピング間隔の平均値(r=0.45)、タッピング間隔の標準偏差(r=0.43)、すくみ回数(r=0.41)などに有意差が認められた(全てP<0.01、図2)。
図2. MCI患者と健常高齢者の指タッピング運動の特徴量
(図1、2とも国立長寿医療研究センタープレスリリースより)
受信者動作特性(ROC)解析結果から、タッピング回数〔カットオフ値30回、感度76.9%、特異度66.5%、ROC曲線下面積(AUC)0.79〕、タッピング間隔の平均値(同0.472秒、71.1%、72.3%、0.79)、タッピング間隔の標準偏差(同0.065秒、67.6%、73.4%、0.77)、すくみ回数(同32.5回、68.8%、71.7%、0.74)がリスクとして抽出された。
健康高齢者と比べ、MCI患者では指運動機能の微細運動障害、指先の巧緻性の低下、タップ回数の減少が示された。これまで両者を区別するためのカットオフ値を定めた詳細な研究はなく、指タッピング運動の特徴量がMCIの早期スクリーニングに有用である可能性が示唆された。
以上を踏まえ、研究グループは「簡便な装置を用いた検査でMCI特有の運動パターンを抽出することに成功した。この装置は侵襲性が低く、短時間で高精度に認知機能低下が検出できることから、被験者の負担軽減につながる」と結論。「今後は、より多くのデータ収集・解析を進めて精度の向上を図り、MCIの早期スクリーニング検査法を確立したい」と付言している。
(小野寺尊允)