新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬で経口抗ウイルス薬モルヌピラビル(商品名ラゲブリオ)について、同薬を製造するMSDは9月8日、今月16日から同薬の一般流通を開始すると発表した。同薬は安定的供給が難しいため厚生労働省が保有した上で、必要な医療機関や薬局に分配されてきたが、安定供給体制が整ったため通常の医薬品と同様に卸売販売業者を通じての購入が可能になる。日本政府はモルヌピラビルを160万人分確保しているが、今年8月中旬時点での投与実績は約43万人にすぎない。今回の措置により、同薬へのアクセスが改善され、本来必要な患者への迅速な投与が可能になることが期待される。

1日薬価は約1万9,000円、薬剤費は公費負担に

 モルヌピラビルはRNAポリメラーゼ阻害薬で、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)におけるRNA依存性RNAポリメラーゼに作用することにより、ウイルスRNAの配列に変異を導入しウイルスの増殖を阻害する。

 同薬は重症化リスクが高い軽症・中等症1のCOVID-19患者に対する国内初の経口薬として、2021年12月24日に特例承認された。当面の間は厚労省が保有し、投与対象となる患者が発生または発生が見込まれる医療機関や対応薬局に配分し、無償譲渡されてきた。

 投与対象は18歳以上の軽症・中等症ⅠのCOVID-19患者のうち、高齢者や肥満糖尿病などの重症化リスクを有する例。発症から5日以内に服用を開始する。動物試験で胎児毒性が報告されているため、妊婦や妊娠している可能性のある女性には禁忌となる。

 今年8月10日に中央社会保険医療協議会総会が開催され、モルヌピラビル200mgの薬価収載を了承した。収載日は8月18日で、薬価は200mg 1カプセル2,357.80円。18歳以上の患者に1回800mgを1日2回、5日間の経口投与で用いることから、1日薬価は1万8,862.40円(2,357.80円×8カプセル)となる。COVID-19に関する医療は全額、以前と同様公費負担となり、患者の負担は発生しない。

一般流通品となり、何が変わる?

 現在、モルヌピラビルを処方する際は、医療機関や対応薬局が、厚労省が供給を委託した同薬の製造会社MSDが開設した登録センターへの登録が必要で、同センターを通じて配分依頼するよう求めていた。9月16日以降は一般流通品として医療機関および薬局に納入可能となることから、通常の医薬品と同様、卸売販売業者を通じて購入する。患者に投与した場合には、通常の手続きに従って、当該薬剤費を含めて保険請求を行う。厚労省は、原則として同一患者に国購入品と一般流通品を混在させて使用することは避けるよう求めている。

 なお、登録センターを通じたモルヌピラビルの配分は、9月15日の15時までに配分依頼がされた分の配送をもって終了する。9月16日以降に医療機関または薬局で在庫として保有する国購入品を患者に投与した場合、薬剤費について患者に自己負担を求めることや保険者へ診療報酬請求することはできない。

 なお、軽症・中等症ⅠのCOVID-19患者に投与できる経口抗ウイルス薬にはモルヌピラビル以外に、ニルマトレルビル/リトナビル(商品名パキロビッドパック)がある。モルヌピラビルに続いて、2022年2月10日に特例承認された。モルヌピラビルと同様、投与対象は重症化因子を有する軽症・中等症Ⅰ患者。成人または12歳以上かつ体重40kg以上の小児にも使用可能である。

普及に大きな課題、経口抗ウイルス薬の処方

 日本政府はモルヌピラビルを160万人分、ニルマトレルビル/リトナビル200万人分を確保しているが、両薬の国内での投与実績(8月15日時点)を見ると、モルヌピラビルが43万5,552人(医療機関:17万4,999人、薬局:26万553人)、ニルマトレルビル/リトナビルは3万125人(医療機関:2万3,383人、薬局:6,742人)にすぎない。モルヌピラビルの一般流通開始は経口抗ウイルス薬へのアクセスを大幅に向上させ、処方増につながる可能性が大きい。

 重症化リスクのあるCOVID-19患者に対するモルヌピラビルの有効性と安全性を検証した日本国内の3施設を含む20カ国で実施された臨床試験では、全ての被験者1,433例を対象とした最終解析の結果、発症5日以内の治療開始で入院・死亡例はプラセボ群の9.7%に対し、モルヌピラビル群で6.8%と、相対リスクが30%低かった。死亡例はそれぞれ1.3%、0.1%とモルヌピラビル群で少なかった。中間解析では、発症5日以内の治療開始によりプラセボ群の重症化(投与開始後29日目までの入院および死亡)が14.1%、モルヌピラビル群では7.3%とモルヌピラビルで相対リスクが48%低いことが発表されたが、その後の最終解析で下方修正された。

(小沼紀子)