B型肝炎ウイルス(HBV)感染の予防に有効なワクチンが世界各国で接種プログラムに導入されているが、近年ワクチンをすり抜けるHBVの存在が報告されている。ウイルスゲノムに特定の変異が生じることが原因と考えられ、ワクチン接種により誘導される免疫から逃避し、接種集団での感染拡大が危惧されている。京都大学ヒト行動進化研究センター特定研究員の明里宏文氏、国立感染症研究所研究員の村山麻子氏らの共同研究グループは、変異HBVにも有効な免疫を獲得できる新規ワクチンを開発、アカゲザルで有効性を確認したとNat Commun2022; 13: 5207)に発表した(関連記事「B型肝炎治療、新機序薬の開発に期待」「抗ウイルス治療は肝硬変の予後をどこまで改善したか?」)。

変異株の蔓延がHBV根絶の障害に

 世界保健機構(WHO)は乳児期にHBVワクチンの3回接種を推奨しており、世界190カ国以上でユニバーサルワクチンとして導入され、日本においても2016年に定期接種が開始された。

 現在、B型肝炎予防接種には酵母由来のSmall-HBs(S-HBs)蛋白を抗原に用いたHBVワクチンが用いられている。副反応が少なく有効な中和抗体を誘導することで高い感染予防効果が期待できるものの、感染中和エピトープのアミノ酸が変異したワクチンエスケープ変異(VEM)株による感染は阻止できないという弱点がある。

 近年、HBVワクチンが定期接種に導入された国において、VEM株の出現頻度が増加しており、VEM株の蔓延はHBV根絶の大きな障害になると危惧されている。

 研究グループはこれまで、VEM株にも有効な新規HBVワクチンの開発研究を行ってきた。現行のHBVワクチンで用いられるS-HBs抗原には、肝細胞表面に存在する胆汁酸輸送体でHBVの感染受容体(レセプター)として作用するNTCPに結合する領域(preS1領域)が含まれていない。そこで、酵母で発現させたpreS1領域を含むLarge-HBs(L-HBs)抗原を組み込んだ中空ナノ粒子と強力な免疫活性化作用を持つアジュバントであるAddaVaxを組み合わせた新たなHBVワクチンを開発。アカゲザルを用いた実験で、VEM株に対する有効性を検討した。

野生株と変異株の両方に高い中和活性示す

 現行のS-HBs抗原ベースのワクチン、L-HBs抗原とAddaVaxを組み合わせた新規ワクチンをそれぞれ3頭のアカゲザルに接種。ワクチン接種後のアカゲザルの血清から精製した抗体とHBVレポーターウイルスを混合し、HBVのレセプターを表出する培養細胞に感染させて感染阻止効率を評価した。VEMに対する中和活性の評価は、代表的なVEMであるG145R、G145Aについて検討した。

 その結果、新規ワクチン接種により現行ワクチンと同等または、それ以上の野生型HBV株に対する中和活性を持つ抗体が産生された。現行ワクチン接種により産生された抗体は通常のHBV株に強い中和活性を示したが、G145Rを持つVEM株では8分の1、G145Aを持つVEM株では3分の1に減弱した。一方、新規ワクチンの接種では、VEM株に対しても強力な中和活性を示す抗体が産生された。

 以上を踏まえ、研究グループは「新規HBワクチンは通常のHBV野生株だけでなく、VEM株にも有効な感染防御免疫を誘導することが示された」と結論。「このワクチンが実用化されれば既存ワクチンの弱点を克服し、より優れたB型肝炎の予防につながる。また、WHOが掲げる"Hepatitis B Immunization Agenda for 2030(B型肝炎患者を2030年までに95%減少)"への貢献も期待される」と付言している。

(小野寺尊允)